竜の王国シリーズ

番外編

あの日の後日談


 里珠、という子は、友人の自分が自慢することでもないけれど、こんな国はずれで放っておくにはもったいないような器量よし、だと思う。
 少なくとも、西封の年頃の娘たちの中では一番の美人。贔屓目に見れば近隣の集落全部合わせても一番になれる、と断言する。
 母親の教育もあって村娘とは思えないくらい礼儀作法も叩き込まれているし、たぶんこれは父親とかお爺さんの影響だと思うけれど身のこなしも美しい。だからと言ってそれを鼻にかけるわけでもなく、むしろ無頓着なくらいだから、女の子の好感度も悪くないというわけだ。
 当然そんな里珠を近隣の青年連中が放っておくわけがないんだけれど――、誰ともよい話になったためしがない。まあ、父親である狼牙(ろうが)さんが目を光らせてるってのもあるんだけど、本人にも全くその気がないからね。これは育った環境がまずかったといえばまずかったんだろうなあ。
 里珠の家は近隣では有名だ。まずはお爺さん。この人は都でも有名だよね、竜族の男と並んで騎士になったっていう伝説の人、詠真(えいしん)さん。引退して諸国漫遊しながら時々西封に帰ってくるんだけど、ここ数年は見かけない。魔物騒ぎのときいてくれたら、里珠もずいぶん楽だったんだろうけどね。
 それからその息子にあたる狼牙さん。この人は今はお城に仕えていてほとんど西封にはいない。魔物騒ぎのときは割とまめに帰ってきてくれて、男連中に武器の使い方とか教えてくれてた。
 この二人に手塩にかけられた里珠は、女の子なのに包丁よりも武器の扱いが得意になってしまったというわけです――料理が下手ってことじゃないんだけど、それはお母さんが必死こいて仕込んでたみたいだし。
 だから、もう価値観というか、男に対する審美眼も偏ってるんだよね。自分より強くないと頼れないというか魅力を感じないって、よく言ってた。あんたより強い男がこのあたりのどこにいるのよ、っていうのが私たちの決まり文句だったんだけど。
 でもまあ、さすがに国一番の強い男を捕まえてくるとは、思わないじゃない?



 魔物退治も一段落して、里珠と平和に洗濯をしていたはずの私たちはその帰り道、突然魔物に襲われた。それを里珠はひきつけてくれて、なんとか逃げることはできたんだけれど。
 里珠はそのまま戻ってこなくて、でも誰も助けにいくことはできなくて、情けないことに私たちは村の中で震えてることしかできなかった。どうしようどうしようって思ってるうちに、村の近くにも魔物の影が現れ始めたんだ。いつもは里珠の気を引こうとする男連中も、怖がって全然出ていけなくて、どうしようもなくているうちに今度は何頭もの飛竜が飛んできたの。この間から何度か見てたから、それが竜族で、助けに来てくれたっていうことはわかったんだけど。
 うん、あれだよね。里珠の理想の人が自分より強くて頼れる人だって言っちゃう気持ちが、ちょっとわかってしまったというかなんというか。あっという間に魔物を退治していく竜騎士は、やっぱりちょっと村の男どもより恰好いいかな、なんて思ってしまったわけですよ――それはまったく里珠のことと関係ないんだけど。
 そうして村長さんがお礼を言ったりしている間に、一頭の飛竜が、西封に降りてきたの。それで、男の人に抱えられて、全身傷だらけ、埃だらけの里珠が戻ってきた、というわけ。
 ……絵になるなあとしみじみ思ったわ。武器振り回してるときなんてすっかり男勝りなのに、抱きかかえられてる里珠はもう完全に女の子というかお姫様と呼んでもいい感じでした。だってねえ、男の人の前ですっかり気を許して身を委ねてる里珠なんて見たことなかったもの。あれで村の若者全員失恋決定、というところ。足元にも及ばないでしょ、『龍神』とまで呼ばれてる王弟殿下相手ではね。
 里珠の理想にはもちろん適ってるし、血筋よし顔よしですよ――そう、これは自慢してもいいめったにない経験だと思うのよ、国を治める王族をこの目で見たわけですから――里珠と並んでもまったく遜色ない好青年であらせられました。上に立つ人のはずなのにとっても気さくそうだったし。
 足を怪我してる里珠を颯爽と抱えて里珠の家に向かって、そのまま妻問いしてきたっていうじゃない!
 詠真さんも狼牙さんもいなかったけど、実際のところ狼牙さんがいたら、どうなってただろうね。何もかも申し分ない王族で、しかも国を護る『龍神』でもある王弟殿下でも阻止されちゃったと思う? 我が国の王族の伴侶っていうのは血筋とか身分とかじゃなくて見染められたかどうかだ、っていうのは聞いていたけど、本当だったのね。それで里珠は即答でお受けしたっていうのね。
 そんな楽しそうな話、盛り上がらない手はないよね! みんなそう思ったかどうかは知らないけど、魔物がすべて退治されたって話とほぼ同時、次の日の朝には近隣の集落に伝わっていたらしいわよ。


 もちろん私たちは祝福した。だってね、男になんて見向きもしてなかったあの里珠が、本当に幸せそうというか目を疑うほどの恋する乙女になってたんだもの。や、ちょっと楽しかったわ。
 王族に嫁ぐってことは、この西封からいなくなる。竜族の――しかも長の一族の妃になるといろいろ大変で、そうそう御里帰りはできなくなるんだそうだ。子供を産むときもしかりね。竜族って、魔物にとっては天敵みたいなものだから、その伴侶っていうのは命を狙われやすくて外出もままならないらしいの――もっとも、里珠だったら逆に魔物を返り討ちにすることくらい造作なさそうだけど。
 上の事情、ってのがあって婚約者として王都に行ってもすぐ結婚とはならないらしいの。王族とはいえいろいろ面倒なものなのね。里珠の花嫁姿をそう簡単には見れなくなってしまったけれど、城下にお披露目があるときは前もって教えなさいってきつく言っておいた。
 そんなわけで、求婚されてから一年して里珠は王都へ旅立っていったのだ。もちろん、その間出来る限り私たちは一緒に過ごした。一緒に洗濯したり、家事仕事の修行をしたり、とにかく時間のある限りおしゃべりした。
 もともとあの日魔物たちが襲ってきたのも里珠が王弟殿下に見染められてたことを魔物に気付かれたのが原因らしくて、殿下はそれを謝罪するとともにまた狙われることがないようにって、兵士を派遣してくれたんだ。一番は離れている間にまた里珠が狙われないようにということだと思うんだけれど、飛竜に乗って周囲を巡回してもらえて、私たちだけじゃなく周辺の集落はみんな安堵してたよ。里珠がいなくなった後も、不思議なことに時々巡回をしてくれる。
 里珠が王都へ行って、しばらくして耳に馴染んだ『守護の女神』の名前と噂が、西封にも届くようになったわ。さすが里珠、と言うべきか、『龍神』の片腕としてしっかり能力を発揮しているみたいで私たちは思わず笑ってしまった。変わらないね、って。





 それから――里珠がいない村の生活にみんなが慣れ出した頃。集落近くを巡回してくれている竜騎士が、ひとつの封書を持ってきた。それは、『女神』から私たち村のみんなへ宛てられた手紙。
 ようやく決まった結婚式とお披露目の日づけを見て、私たちは大いに盛り上がった。偶然なのか配慮なのか分からないけれど、田畑の収穫が一段落してから出発しても十分に間に合う日取りだったんだ。
 だって、大事な大事なあの子の晴れ姿、何としたって見に行きたい。私だけじゃない、友人たちも、それから里珠の家族も、そう思っていた。
 王弟殿下の隣で幸せそうに笑っているはずの里珠を、それはもう盛大に祝福しようって、思ってるの。
 なかなか会えなくなってしまっても、それでも、里珠は私たちの大切な、友人だからね。 


2009.10.17

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