遙か3 将臣×望美

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 それがこの世界の暦で何年と呼ばれるかは知らない。
 けれど、聴いた事のある名前。地名。時の流れ。記憶の中の単語と奇妙に符合する―――それらから連想されるもの。

 この世界が自分の住む世界と同じ流れを紡ぐのだとしたら、この先に待つものはただひとつ。
 あまたの血が流れ、数え切れぬほどの命が失われる。
 こうして今目の前で穏やかに微笑む老尼も。
 その周囲で無邪気に遊ぶ、帝の名を戴く少年も。
 それだけではない。自分がこの数年親しんできた者たち。

 どんなに記憶の中の教科書をめくっても、それが当時の暦でいつだったのかは思い出せなかった。仕方ない。授業でも、試験でも触れられることなどなかったものだから。
 だから『いつ』のことなのかははっきりしない。
 ただ、これだけは確かなことだ。
 脳裏に焼きついて離れない、四桁の数字。
 それが意味するものを思い出し、将臣は怒りを込めて目を見開いた。
 許さない、それだけは―――。



 ―――すべて、西の海に沈む。







 どんなに未来を知っていても、運命は変えられないのか。
 揺らめく波間を見つめ、刀のぶつかり合う音と人々の怒号を聞きながら、将臣はひとりごちた。
 あの光景を見たときに、そしてこの先に待つ結末に気付いたときに、あれほど運命を変えてやると決意したというのに。
 確かに、三草山での筋書きは変えた。
 一ノ谷での義経の奇襲には踊らされなかった。
 それは間違いなく将臣が知る歴史とは違う。けれども結局時のうねりは同じ方向に流れているのではないかと思わずにはいられない。
 一ノ谷では結局敗走し、屋島では敵将を討ち取ることも叶わず退却した。
 そしてついに運命のこの場所―――壇ノ浦に辿り着いてしまった。
 将臣の脳裏に有ってはならない幻がちらつく。それは退屈しのぎに眺めた大河ドラマででも見た映像だっただろうか。
 尼僧の姿をした老女が幼い子供をその腕に抱く。何事か囁いて、無邪気な笑みを浮かべた少年に微笑みかけて、そして彼女は彼を抱いたまま船から身を躍らせて―――。
 襲い来る幻覚を振り払い、将臣は大太刀を握る手に力を込める。
 最後まで諦めてはならない。そんな未来を変えるために、大事なものを捨てても走り続けてきたのだから。
 しかし、歴史を変えたいと抗う将臣をあざ笑うように、運命は罰のごとく残酷な現実を彼の前に突きつけたのだった。


 目の前で剣を構えこちらを見つめるのは、彼がよく知っている少女。
 平家の人々を護りたくて、未来を変えたいが為に、捨てざるを得なかったもの。本当は誰より護りたかった、大切な幼馴染み。
 三草山で偽の陣を見抜いたのは彼女だ。
 一ノ谷の義経の奇襲を止め、将臣が張った罠を崩したのは彼女だ。
 そして、屋島、壇ノ浦と平家を追い詰めたのは、彼女を神子として戴く源氏―――。
 何に定められたことなのか、二人は敵同士となって向き合い、もう二度と相容れることは出来なかった。互いに剣を交え、どちらかが倒れるまで。
 自分が負けるのだとしたら、その先に待つものは―――先ほどの幻が甦る。
 しかし、自分が勝ったとしてもその眼前に広がるのは想像もしたくない光景だった。平家は壇ノ浦に沈まない。誰に追われることもない平和な生活を勝ち取ることもできるだろう。それでも将臣自身はその生活を享受できないに違いないのだ。源氏の神子---春日望美の命の上に成り立つものなど。
 揺れる船の上で、将臣と望美は対峙していた。敵として向き合うのは、これが二度目。
 この流れの先に何があるのか、将臣にはもうわからなかった。
 

「始めよう。俺は還内府―――平重盛だ」


END
written by 瀬生莉都
2006.3.14


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