聖剣3 カップリングなし

当たり前のこと




 始めは、一人だった。ともに腕を鍛え苦楽を分かち合ってきた仲間たちを、たった一刻ですべて失った。同じ傷を語り合う者などおらず、ただ一人明かせぬ苦痛を抱えて故郷を出た。



 渾身の力で振り下ろした剣は、勢いよくスケルトンを叩き潰した。糸が切れるように崩れ散らばった骨は数秒で砂のように粉々になって掻き消えていく。
 デュランは息を詰めて辺りを見回した。周囲には同じようにして倒していったモンスターの残滓がわずかに残るばかりだ。
 敵の気配は遠く近くに感じられるものの、とりあえずこのフロアにはその姿はない。
 それを確認して、デュランはようやく息をついた。
 板張りの空間は所々に灯るランプに照らされわずかに視界が利くのみ。波が船体を叩く音と薄気味悪い笑い声とぎいぎいと板のなる音が絶えることなく耳を打ち、彼らの不安を容赦なく煽る。

「デュラン」
 背後から涼やかな声がし、デュランが振り返ると目の前にあったのは飴玉だった。
 勢いよく飛んでくるそれを反射的に受け止めると、その向こうで金髪の少女が悪戯めいた笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
「リース」
 なんだいきなりと軽く睨むと、彼女は堪えた様子もなくこちらへ歩み寄ってくる。デュランの傍へ辿り着くと、軽く槍を旋回させて構えなおした。
「怪我や疲れは治してから先に進みませんか? さっきまでと違って敵の数が多いですし、何より二人しかいません。……あまりアイテムを消耗するのも不安ではあるんですけど」
「そうだな。どうせこの先も今と同じくらい苦労するんだろうし」
 リースの提案にデュランも賛成する。こうなると、英雄王に報告しに戻るだけといいながらパロできちんとアイテムの補充をしていたことは幸いだったと言えるだろう。

 飴玉を口の中に放り込み、デュランはリースと並んで歩き始めた。無防備のようにも見えるが、これでお互い周囲に注意は払っているのだ。
「デュラン、ずいぶん前に出すぎでしたよ。あまり離れてしまうと囲まれたとき危険です」
 真剣な顔でリースが言うのは、先ほどのことだろう。自分でもまずいとは思ったのだ。しかし、体勢を立て直す暇もなく、あっという間に二人は分断され個々に戦う羽目になった。
「そうなんだよな。つい癖でケヴィンがいるようなつもりで動いちまうんだよなあ」
 デュランは困ったように頭をかく。

 数奇な縁で巡り会った仲間。偶然か必然か三人とも戦士で、少なくとも戦闘で協力体制が出来上がるのに時間はかからなかったのだ。
 性格のためか、どちらかというとデュランとリースが前線に飛び出しやすくケヴィンが比較的支援に回りやすいのだが、要になる肝心の三人目は現在船底で幽霊と化している。
 謎の人物に突然呪いを移されて幽霊になってしまった聖剣の勇者―――ケヴィンを助けるため、デュランとリースは幽霊船を探索中なのだった。

「―――そうなんですよね。いつもはケヴィンが支援してくれますから」
 つい飛び出してしまって。デュランの隣を歩きながらリースが苦笑する。デュランは彼女の顔を思わずまじまじと見返してしまった。
「どうかしましたか?」
「いや」


 そうして旅の始まりに同じように傷を持つ彼に会った。彼の人が聖剣の勇者だと聞かされて、それに伴う力を求めて同行を決めたのはほんの気紛れ。そして、旅路の途中で彼らと同じように痛みを抱える彼女と出会った。


「三人でいることに慣れてきたんだよな」
 ケヴィンと会うまでは一人で進んできた。ジャドでリースに会うまでは二人で戦ってきた。それが逆に、今は二人で戦わねばならないことに違和感を感じる。身体が無意識に『三人』を想定して動いている。
「そうですね、三人でいることが当たり前なんですよね、もう」
「ああ、そうだな。当たり前、か」
 リースの言葉に、デュランも頷いた。
 一緒にいることが『当たり前』。悪い響きではない。そんな存在を得られたことが驚きで、そして嬉しく思える。

「それなら―――」
 二人の視線の先に見えるのはひとつの扉。その向こうからははっきりとした殺意が空気を通して伝わってくる。幾度繰り返したかわからない。そしていつになったら終わるのかもはっきりしない。それでも。
 すっかり慣れてしまった『三人』に戻るために。
「とっとと終わらせるか」
「そうですね、ケヴィンも心配してるでしょうし」
 顔を見合わせ、不敵な笑みを交わすと、デュランとリースはそれぞれの武器を構え直した。扉の前で立ち止まり、板一枚先の気配を探る。
「……開けるぞ」
「いつでもいいですよ」
 言葉少ないやり取りの後、デュランは勢いよく扉を開け放つと、リースを伴いそのまま戦場へと飛び込んでいった。


 ついに辿り着いた果ての闇を切り裂いて、かけがえのない『三人』の関係はその手に戻る。
 そして旅のすべてが終わるまで、途切れることはないのだ。


END
2007.8.2


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