聖剣3 カップリングなし

His belief and My one




 相手を知ること。それは絆の始まりなのかもしれない。


 フォルセナがアルテナに攻められていることを知ったときと彼の行動と心情は、まるで自分のことのように共感できていたはずだったのだけれど。


「この港はナバールが占領した! おとなしくしていれば危害は一切加えない!」
 いつか必ず国を再興すると誓い、旅立った港に帰りついたリースが、その街で最初に聞いた言葉は、それだった。
 わずかな平野しかもたないローラントの各街は、他の国には見られない特徴的な構造になっている。険しい山脈の間に切り開かれた漁港パロは、海辺の平地からなだらかな傾斜地へと広がり、一番低い場所である港からは街の大部分を一望することができた。
 その大きく広がる視界の中のいたるところに、忘れもしない独特の服装を身にまとったナバール兵の姿が見える。
 港から見える限りの通りにそれ以外の人の姿はなく、民家に至っては鎧戸まで硬く閉じられている始末だ。民を護るべきアマゾネスたちは既にローラント城陥落の際に全滅したと言ってもいい。頼る寄る辺のない民たちは、そうして閉じこもるしか術がない。
 家を囲む塀や建物の壁には、無残にも破壊された傷跡が残り、―――そして、彼女のすぐ傍の足元には、抵抗した誰かが流したのであろう、血の痕が広がっていた。
 おそらくは鮮血だったのであろう、薄く乾いた血の赤が、リースの目の奥に焼きつく。ナバール兵に追われるように天かける道を下り、まだローラント城の訃報を知らないパロに潜り込み、ウェンデルを目指してから、ずいぶん時間が経っていた。
 その間に、こんなことに―――。
 視界の端にナバール兵の動く姿が見え、リースの激情は爆発的に膨れ上がった。
「―――――……!」
 何も考えられず、リースは取り出した槍を旋回させる。
(……絶対に、許さない!)
「駄目だ! リース、俺たち三人でここにいる奴等全員を相手にするなんて無理だ!」
「リース、駄目っ! ナバール兵、多すぎる!」
 すぐ傍にいたデュランとケヴィンが止めようと慌てて声をかけるが、その言葉はリースの心には届いていなかった。
 港に向かって階段を降りてくる一人のナバール兵にリースは突進しようと踏み出し―――その体を後ろから二人の仲間が引き止める。
「離してください……っ!」
 剣士として鍛えている青年と、日々肉体の鍛錬に励んできた獣人の少年とに抑えられながらも、なお彼らを引きずるような勢いで、リースはまだ先へと進もうとしていた。
「リース、俺たちは何のためにパロに来たんだ! 騒ぎを起こしたら意味がないんだぞ!」
 それは精霊を集めるために。彼らが騒ぎを起こせば、ましてやローラントの王女が存命であることがばれれば、この地にいるという風の精霊を探すことなど到底無理だ。
 それでも。
「あなたたちに、何がわかるんですかっ!」
 この、国も父王も弟も仲間も、何もかも失くした気持ちが!

 ――――……。

 二人の手を振り払うように思い切り振った槍身の先に、リースは確かに感触を感じた。
 国を守る間に、ここまで旅を続ける間に、既に慣れていたはずのもの。
「あ……っ」
 視界に入る槍の穂先に、一筋流れていく赤。
 デュランが、リースを抑えるためにその穂先をつかんで止めたのだった。



 幸か不幸か、三人の方向へ向かってきていたナバール兵はその騒動には気付かなかったらしい。
 騒ぎを聞きつけられることなく、三人は宿屋へ向かい、記帳を終えて団欒室へと腰を落ち着けた。
「いててっ! ケヴィン、爪を引っかけるな、爪を!」
「う、ご、ごめん」
 リースが動く様子がなく、右手を怪我したデュランは手が使えないため、ケヴィンが危なっかしい手つきでデュランの手当てをしており、手に爪を立ててはデュランに小突かれていた。
 リースはその光景をぼんやり眺めていたが、デュランの手当てが終わりそうになると、ふと思い出したように口を開いた。
「……どうして、素手で槍をつかんだりしたんですか」
「あのくらいしなきゃ、あんた、あのままナバール兵に突進してただろうからな」
 頭に血が上りすぎだ、とデュランは言った。
「俺たちの目的を忘れたわけじゃないだろう? ここであんたがローラント城の生き残りだとばれれば、ジンを捜すことなんてまず無理だぞ」
 デュランの言い分は、確かに正しかった。ローラントのことを良く知っているのはこの三人の中ではリースだけだ。その彼女ですら、マナストーンがあることを知らなかった。マナストーンの傍にいるとされる精霊ジンの手がかりは皆無。
 だからこそ、ここで騒動を起こすわけにはいかない。追われる立場になれば、情報収集すらままならなくなる。
 理屈はわかる。それでも、リースの中に渦巻く怒りを治めるには、まだ足りなかった。
「そりゃ、確かに国をめちゃくちゃにされて腹が立つ気持ちはわかるけどな」
「……あなたに、どうしてわかるというんです」
 リースは、やや驚いた表情のデュランをきっと見据える。
「国も、王も無くしたことのないあなたに、何がわかるというんです。国も家族も弟もなくして、仲間も救えなかった私の気持ちがわかるというんですか!」
 一瞬の間。
 唐突に、デュランの表情が消える。
 彼をにらみつけるリースから視線をはずすように目を閉じたデュランは、ぱっと目を開けると、ただ一言言い残し、彼女と二人をおろおろ見守るケヴィンとに背を向けた。
 残るのは冷たく澄んだ響き。
「ああ、そうだな、確かに俺にあんたの気持ちはわからないさ」
 ばたん、と扉の閉まる音がやけに大きく響く。その音に、リースは思わず一瞬目をつぶった。
 靴音が遠ざかり聞こえなくなると、リースは肩の力を抜いてため息をついた。
 どうやら彼を怒らせてしまったらしい。
 リースと閉まった団欒室の扉とを交互に心配そうに眺めるケヴィンに、リースは声をかけた。
「少し、お茶でも飲みませんか?」
 

 ティーポットからカップにお茶が注がれると、湯気と共に香ばしい香りがあふれ出る。
 薄切りのレモンを乗せたそれを飲み、体の内側が温められても、リースの気持ちはまだ落ち着いていなかった。
 向かいのソファでそわそわしながら、ケヴィンもカップを両手に取り、紅茶に口をつける。普段と異なりぴりぴりした雰囲気のリースの様子を伺いながら、しかし意を決したように顔を上げた。
「……リース」
「なんですか?」
「デュランのとこ、行かなくて、いいのか?」
 たぶん、デュランの言ったこと、間違ってない。ケヴィンは小さく付け加えた。
「デュランの言いたいことはわかっています」
 結構冷たい言い方かもしれない、とリースは思った。
 彼の言い分が正論だろう。
 けれど、我慢できなかったのだ。欲しかったのはそんな言葉ではなかったから。
「でも、オイラもきっと、デュランと同じこと、言った」
 ケヴィンは真っ直ぐにリースを見て言った。
「……確かに、オイラ、国を失くしたこと、ない。獣人王、生きてる……でも、オイラ、リースの気持ち、少し、わかるつもり……」
 何を言い出すのかとケヴィンを凝視したリースを見て、ケヴィンは寂しそうに笑って言った。

「だって……オイラも、カール、亡くした……」

 ――――……。
 デュランが言った通り、確かに頭に血が上っていたらしい。ケヴィンの言葉に、リースは頭から雪解けの冷たい水を被ったような思いだった。
 国であっても、人であっても、自身が大切だと思うなら、失う辛さは、きっと同じ。
 リースにとって全てであったローラントと、ケヴィンにとって唯一無二の親友だったカールと。
「……ごめんなさい」
 カップを置いて、リースはケヴィンに謝った。
 父も、弟も、一緒に城を守ってきた仲間も、全て失ってもう何も残っていない。国を再興するとしても、失われた命は二度と戻ってこない。……たぶん、自分だけが不幸のどん底にいるつもりだったのだ。
 大事なものをなくした人なんて、世の中にはたくさんいるはずなのに。
 ケヴィンはかまわないと首を振って、にっこり笑った。
「大丈夫。それでも、オイラより、リースの方が、きっとたいへん」
 ―――謝ってこなくちゃ。
 リースはソファから勢いよく立ち上がった。
「私、デュランのところに行ってきます」
 随分前に出て行った人を追うように扉から出ようとしたリースに、背中からケヴィンが声をかける。
「リース、デュランの匂い、外に続いてる。だから、たぶん、外」
「ありがとう」
「いってらっしゃい」
 ケヴィンの声に見送られて、リースは宿屋を飛び出した。



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