聖剣3 カップリングなし

Chocolate rhapsody




 季節は冬。比較的温暖なフォルセナも、防寒なしには外を出歩くのが辛くなる季節だ。陽が当たればすぐに溶けてしまうものの、うっすらと雪が積もることもある。
 けれど、商業都市バイゼルの街並みは、どこかそわそわしていて、寒さの一番厳しい時期だというのに、やけに熱気に満ちていた。


 ―――そもそも、だ。
 女性向けのような小さく可愛らしい、彼のような無骨な青年が持つにはあまり似つかわしくない籐編みの籠を左手に持ったまま、デュランは心の中で呟いた。
 ―――なんでこういうことになったんだ?
 籠の中には既にいくつかの品物が入っている。デュランの目の前の棚には、彼とはあまり縁のない菓子作りの材料が並んでいた。
 周囲にはとにかく女性の山。見回す限り、店内にいる男はデュランだけだ。
 隣ではリースが棚に並んだ品を物色している。デュランにはリースが何を選んでいるのかもよくわからなかった。
 デュランは一旦目を閉じてため息をつく。
 とにかく、落ち着かなくて居心地が悪い。
「なあ、リース。詳しいんだったら、別に俺が作らなくても、リースが作ればいいんじゃないのか?」
「あら、だって、デュランが作るって約束したんでしょう?」
 デュランが一応提案してみると、リースはにべもなく言い切った。別に彼女は意地悪な顔をしているわけではないのだが、かなり意地悪をされているような気分になる。
「デュランが作らなくちゃ意味がないじゃないですか」
「まあ、そうなのかもしれないけどな……」


 話は少し前に遡る。


「オイラ、チョコレートケーキ、食べたい」
「は?」
 雪がちらつく中、街で一旦暖を取ることに決めたデュランたち三人は慌ててバイゼルの宿屋に駆け込んだ。幸いにも部屋は十分に空いており、デュラン、ケヴィンの男性陣で一部屋、リースで一部屋を借り、荷物を収めに部屋に入ったところだった。
 一階の暖炉のところへ行こうとしたところで、ベッドに座りそわそわしていたケヴィンが、唐突にそんなことを言ったのだった。
「なんだよ、唐突に……」
「来る途中の店で売ってた。いい匂い、してた」
 そう言われてデュランはふと街の入り口からここまで来る途中に菓子屋があったことを思い出した。店の前に露天を出し、この季節特有の菓子を売り出していたのだった。そういえば、若い娘の人だかりを、視界の端に見たような気がする。
 三人とも走っており、ゆっくりと売り物を見ている余裕はなかったはずだが、ケヴィンはその鋭敏な嗅覚で、甘い匂いを嗅ぎ取ったらしい。
「何か、祭りでもあるのか?」
「祭り?」
「外に店出す、珍しい」
 ケヴィンは不思議そうな顔をしている。
 祭り―――といってもまったくの間違いでもあるまい。年に一度、女性から男性へチョコレートを贈る日。最愛の人へ贈るもの、多少縁のある人へ付き合いとして渡されるもの。渡す方にとっても、渡される方にとっても、一大イベントなのだ。
 聖者の生まれた日の神聖な儀式から発祥したとのことだが、バイゼル商工会の売り上げ向上の陰謀によるでっち上げだ、という噂もまことしやかに囁かれている。
 ともかく、人間社会においては比較的浸透している風習ではあるが、獣人社会にそのような文化はない。
「まあ、祭りみたいなもんかな」
「どんな祭り?」
 途端にケヴィンはきらきらと目を輝かせてデュランに尋ねてきた。
 人間社会をまったく知らない彼にとっては、道中立ち寄った街で見るもの全てが珍しい。
「チョコレート、何に使うんだ?」
 食べ物を使う祭りとは、どんなものなんだろう―――瞳がそう訴えている。デュランはやや身を引きながら答えた。
「あげたい相手にプレゼントするんだよ」
 ごく簡潔な説明。女性から男性に贈るのがごく一般的にとらえられているが、デュランはそれを割愛した。たぶんそれを言えばケヴィンには一から説明しなければならない。説明しなければ誤解を招くと思うのだが、つまりは彼自身が色恋沙汰について説明するのがこっ恥ずかしかったのであった。
「まあ、欲しい奴が相手に催促することもないわけじゃないけどな」
 デュランは同僚たちの様子を思い浮かべながら付け足す。お目当ての相手に一生懸命話しかけたり、意中の女官にこまごまと気を遣ってみたり。まったく女っ気のなかったデュランはそういった行事に興味はなかったが、蚊帳の外からそれを眺めるのはわりと面白かった記憶がある。
「じゃあ、オイラがデュランにお願いしても、いいのか?」
 ケヴィンは布団の上に胡坐をかいてデュランを見上げている。デュランは一瞬の間の後、ため息をつくように尋ねた。
「……チョコレートケーキでいいんだな?」
 普通はお菓子といったら、女性であるリースに頼むのが筋だと思うが(獣人の文化ではどうなのかわからないが)、この三人旅で野営をする際、食事担当はデュランである。ケヴィンの頭には食べ物を作るといったらデュランしか連想されないのだろう。
 ケヴィンは満面の笑みを浮かべて頷き、そのまま勢いよく扉を開けて外へ飛び出していった。
 ……まあ、弟に料理を作ってやると思えばいいか。
 そう思ったところでデュランははたと気がついた。引き受けたのはいいが、デュランはケーキはおろかお菓子の作り方を一切知らなかったのである。
 散々悩んだ挙句、一階の暖炉の前で本を読んでいたリースに相談してみると、ケーキはよく作ったので作り方はよく知っているとのこと。
 そういうわけで、二人は材料を買うために、宿屋の庭で雪で遊ぶケヴィンに声をかけて街に出てきたのであった。




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