聖剣3 デュラン×リース

忠誠




 昔語りをいたしましょう。
 それはまだ、魔法が残る時代の物語。
 マナの女神は眠りにつき世界が若き勇者に救われた、そんな時代の物語。
 聖剣を抜き世界を滅びより救いしは、女神の称号(な)を持つ一人の乙女。
 翼あるものの父に愛され、風の声を聞くただ一人の王女。
 守護神たる聖獣に嫁し、命を賭して世界を守り続けた乙女を。
 人々は「地上の女神」と奉り、彼女が没したその後も慕い続けたと物語は伝えています。
 どうか、大切にしてください。聖剣の勇者が護ったこの世界を。
 いつかマナの女神が目覚めるその日まで。




 目の前の敵を薙ぎ払った刃が、太陽の光を照り返して煌めいた。勢い良く散った羽根がかすかに視界を遮る。
 槍を構えながら、リースは素早く周囲に目を走らせた。
 血を流し倒れているのが数名、彼女の周囲で戦っているのが数名、離れたところで戦っているのがさらに数名……。
 対して、倒すべき敵の数は両手をはるかに超える。それでもすでに半分以上を打ち伏せているのだが―――。
 これ以上後ろへは下がれない。ここで持ち堪えなければ!
 懐へ飛び込んできたモンスターを一瞬で貫くと、リースは思い切り息を吸い込んで疲労困憊し始めたアマゾネスたちを叱咤する。
「みんなもう少しよ、頑張って!」

 リースの声に呼応するように、遥か上から空気を切り裂く獣の鳴き声がした。
 翼が風を切る音がして、リースたちの上に影が落ちる。二対の翼が地上にくっきりと黒い影を映し出した。
 見上げた先にあるものを見つけて、リースは安堵する。
 彼が来れば、もう大丈夫だ―――。
 けたたましい鳴き声をあげ、モンスターを蹴散らしながら舞い降りてきたのはフラミー。リースの要請を受けてある人を連れてきたのだ。その背には、一人の青年が立っている。
 茶色の長い髪がフラミーの起こす風に踊り、藍色の瞳は静かに地上を睨みつけていた。彼が身を包む鎧は髑髏をあしらった奇怪な形をしており、獣の骨のような額当てが陽光を受けて輝いている。歪んだ剣は一目見て、人の血を吸い呪いを受けるものだとわかる。
 けれど、ここにいる誰もが知っている。
 この恐るべき格好に身を包むその人が、彼女らを危機から救い上げてくれる救世主であることを。
 青年は軽くフラミーの背を蹴り、勢い良くモンスターの群がる中心部に飛び降りた。
 一瞬。
 着地した瞬間に刃が翻り、傍にいたモンスターを切り倒す。アマゾネスたちから歓声が上がった。彼女たちがてこずり、リースがようやく一体を数秒で屠る敵。それを数体秒殺―――。
 青年の神業にアマゾネスたちも賦活されたらしい。副団長のライザが大きな声で全員を鼓舞した。
「さあ、デュラン様がいれば必ず勝てるわ! あなたたちも頑張って!」
 その声を聞きながら、リースも槍を真っ直ぐ構えるとモンスターの一群に突っ込んだ。



 モンスターを一匹残らず倒し、アマゾネス軍がローラント城に引き上げたときには既に陽が堕ちた後だった。普段リースが居を構えている、翼あるものの父に仕えるための館まではフラミーに乗れば一瞬だが、今は軍の後方支援で女官たちが城に下りていたため数日は城で休養することとなった。
 デュランも客室をあてがわれそこで休んでいるはずだった。
 現在は王として国政に務めるエリオットに報告を済ませると、リースは手ずからティーセットを持って客室の並ぶ廊下を目的地に向かって歩いていた。
 いくつもの扉のうちのひとつで立ち止まると、静かに扉を叩く。
「……どうぞ」
 一瞬の間を置いて、感情のこもらない声が返ってくる。
 リースが扉を開けると、入り口傍の椅子にデュランが身を沈めていた。目を閉じたまま身動きしない。恐るべき戦闘力を誇る彼であってもさすがに昼間の戦いは疲れるものであったらしい。
 武装解除し血の匂いを落とすと、とてもあの時神業をやってのけた戦士には見えなくなるから不思議なものだ。
「お茶でもいかがですか?」
 声をかけると、デュランはようやく片目を開けてこちらを見た。そこにいるのがリースと気付くと身を起こして姿勢を整える。
「わざわざあんたが持ってくることはないだろう?」
 仮にも王の姉姫であり、しかもローラントの守護神に嫁いだ乙女。今のリースの肩書きである。
 訝しげな表情のデュランにリースは笑いかけた。
「みなアマゾネスたちの看護にかかりきりです。誰もがあなたのように強くはないのですから。それに、たまにはいいと思いませんか?」
「後でフラミーに海に落とされたくはないぞ」
 俺はあいつに乗って帰らなきゃならん。 
 悪戯めいた口調で言うと、デュランは憮然として言い返してきた。どうやら前例があるらしい。翼あるものの父はひどくやきもち焼きで、娶った妻が大切にしている人が気に入らないようだ。
 館でお茶を一緒にしただけでそうだとしたら、あまり城に残っていると後でデュランがひどい目に会うかもしれない。
 そう言ったもののデュランは彼女を追い出す気配はなかった。リースもかまわずに紅茶を入れ始める。
 少しして、室内に特有のいい匂いが漂い出した。
 旅の間デュランが好んでいた銘柄。リースがこれを使うのは久しぶりだ。
 二人分のカップに紅茶を注ぎ、デュランの前へ置くと心なしか仏頂面が少し緩んだように思われた。
 テーブルの真ん中にお茶請けを並べながらリースは尋ねる。
「今回はどこにいたんですか?」
「ああ、ちょっと砂漠の方にな。火炎の谷の近くまで行っていた。フラミーも捜すのに手間取ったみたいだったが」
 デュランの返答にリースはなるほどと納得する。予想したより到着が遅かったのはそのせいだろう。
「しかし……手遅れにならなくて幸いだった」
 再びデュランの顔が険しくなる。睨みつけるという表現がふさわしい眼光でリースを見据えた。
「何かありそうなら余裕をもっておけと言っただろう。フラミーが俺を見つけるのが少しでも遅かったら、今頃どうなってた?」
 どうなっていた?
 デュランの問いかけを、リースは心の中で反芻する。
 おそらく犠牲者も怪我人もあれ以上だった。戦いは長期化し、もしかしたら勝つことができなかったかもしれない―――。
 リースは静かに息を吐いた。近辺には見られなかった凶暴なモンスターが天かける道で旅人を襲ったという話を聞いたときから討伐に赴く直前までずっと迷ってはいたのだ。
 結局直前にフラミーを迎えに行かせる羽目になってしまったのだが。
「……ごめんなさい」
「謝ることじゃないだろう。だが、俺はいつでも協力すると『約束』しているだろう」
 それは、彼の誓いでもあるのかもしれない。
 聖剣の勇者であるリースは、女神不在の現在において世界を平和に保つための乙女として翼あるものを統べる守護神のもとへ嫁いでいる。
 神殿を兼ねる館はローラント城のさらに上、天の頂に近い場所に作られていて、神の妻となったリースはほとんどの時間をそこで過ごしているか、あるいはフラミーと一緒に飛び回っているかどちらかである。
 もともとはアマゾネスの昔からの風習に従ったことだが、彼女が聖剣の勇者であることで世界的に広まってしまったといってもいいかもしれない。
 マナの女神が守り抜いたこの世界を、いつか女神が目覚めるまで平和であるように見守りたい。
 リースのその願いに、デュランは協力を申し出た。
 戦う力が必要なときはいつでも呼んでほしい―――と。
「一人で背負おうと思うな。俺は最期までついていくと、あのとき言っただろう」
「そうでしたね……」
 デュランの言葉にリースは微笑んだ。いつの間にかデュランの表情も緩み、口元に笑みを浮かべている。
 彼がこうして当たり前のように駆けつけてくれるから、今もなお世界を背負って立っていられる。
『あんたが思うように進めばいい。俺は最期まであんたについていく』
 それは、今自分に与えられた使命をすべて終える瞬間まで、片時も忘れることなく胸に抱いている言葉に違いない。




 神の妻たる「地上の女神」は世界の平和を護り続け、静かに眠りについたといいます。
 そこに彼女を支える誰かがいたかどうか……物語では一言も語られることはありません。


END
2005.8.29


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