聖剣3 デュラン×リース

その笑顔を取り戻したい


1.



 結婚って、好きな人とするものだろう?
 それなのに。どうして。
 どうして―――……。



 着慣れない正装を着て窮屈そうにしながら、ケヴィンはソファに身を沈めてぼんやり前を見つめていた。
 世界中からたくさんの招待客がこのフォルセナ城に集まっているのだが、彼の周囲に人の気配はない。この式の主役であるデュラン、アンジェラと同じく救世の勇者である四名は、他の客たちとは別の場所―――離れとも呼べる場所―――に控室を設けられている。
 あの旅の前に比べれば場慣れはしてきたものの、まだ人間慣れしていないうえに人見知りの傾向があるケヴィンとしてはありがたい配慮だった。
 周りに貴族などの目があれば、いくら昔旅を共にした仲間とはいえ、一国の王女や王子と元盗賊が気軽におしゃべりをするというわけにもいかないだろうし。
「おはようでち、ケヴィンしゃん」
 背後から声をかけられ、振り替えると、こちらもきっちり正装に身を包んだシャルロットが立っていた。その後ろにはこちらに向かって歩いてくるホークアイとジェシカの姿も見える。
「おはよう、シャルロット」
「結婚式までまだまだ時間があるのに、ケヴィンしゃん早いでちね」
「あ、う、うん、着慣れないから、早めに着ておこうと思って」
 まだ、1時間以上の余裕がある。だからこそ離れの控室でのんびり座っていられるわけなのだが。
 ケヴィンが早めに用意をしたのは、それだけが理由ではなかった。
 実は、彼がここに来たのは今から1時間以上も前だ。それからいろいろなことを考えつつ、このソファから見えるある部屋の扉をちらちらと伺っていたのだ。
 扉が開き、そこに腰を落ち着ける彼がよく知る人が現われる気配はない。
 それは、彼女が出てくるのを待って、あることを聞きたいと思ったからなのだが、シャルロットやホークアイが現れてしまっては、どうやら聞く機会はないようだ。
「おはよう、ホークアイ」
 気を取り直して、ケヴィンはソファから立ち上がり、すぐ傍まで近付いていたホークアイに声をかけた。
「おはよう。いやー、昨日ちらっと見ただけだったんだが、背ェ伸びたな、ケヴィン」
 そのうち俺追い越されるかも、とホークアイは笑った。
「ほんとでち、おかげさまで、あんたしゃんたちと話そうとすると首が痛いでちよ。話すんだったら座ってほしいでち」
 シャルロットのその言葉に、まだ時間もあることだしとジェシカを入れた四人は残り一人を待つべくテーブルを囲んで座った。
 それぞれ誰かと顔を合わせることはあっても、一堂に会するのは下手をすれば二年ぶり、というような状態である。この二年自分が何をしていたのか、他愛もない世間話のような会話が交わされていた。
 ナバールの盗賊たちが砂漠を緑に変えようとしていることは世界的に知られている。
 その様子を笑い話を交えつつホークアイが語るのを(そしてジェシカが突っ込むのを)、ケヴィンとシャルロットは興味津々の様子で聞いていた。
 ジェシカを除いた三人は、あるただ一つの扉の向こうの気配に注意を向けながら。
 もうそろそろ女官が時間を告げに現れるだろう頃。
 がちゃ……と扉が開く音がして、清楚な衣装に身を包んだ女性が現れた。
 ローラントの名代として出席する、リースである。
「おはようございます」
 ふんわりと、その衣装に似合う笑顔で四人に挨拶する。
 四人四様に挨拶をしながら、だが誰もが薄々と気付いていた。
 その彼女の笑顔が、仮面であることに。その下に巧妙に隠された、泣き顔があることに。
 彼女の隠し方が下手なのではない。彼ら四人が、『知っている』から。
 だが、何も言わなかった。無神経なほどに気付かないふりをした。
 彼女を労るような扱いは、逆に彼女の心を傷付けると、判っているから。
「皆さん、早いですね」
「まあ、余裕を持って行動するのは大事だろ?」
「そうですね」
「もうそろそろ時間でち、リースしゃん、危なく遅刻するとこでちたよ」
「さて、そろったことだし、そろそろ行くか」
 ぞろぞろと離れの入り口に向かう。一歩遅れてついていきながら、ケヴィンはジェシカと楽しそうに語り合うリースを見た。
 その姿は、切ないほどに綺麗だった。


 なんで……なんであんなに苦しめるんだよ。
 あのとき、言ったろう? 確かに言ったじゃないか。
『リースを大切にする。悲しませたりしない』って。
 それなのに。どうして。
 なんでこんなことになったんだ。
 どうしてなんだ……、デュラン―――!




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