聖剣3 デュラン×リース

きっとどこかで出逢ってる


1.



 砂漠の街ナバールの入り口に、一人の女性が立っていた。
 年の頃、二十代前半。すらりとしたシルエットに金色の髪が腰まで緩やかに波打っている。旅装束に身を包んでもどこか聖職者のように見える格好。
「う~ん、ナバールに来るのは確か……、ホークアイに初孫が生まれたときが最後だったから……もう、二十年くらいになるのかしら。ずいぶん久しぶりだわ」
 彼女の呟きは、実は嘘でもなんでもない。二十年前も、彼女はあまり変わらない姿でこのナバールを訪れているのである。
 彼女こそ、世界でたった一人のエルフと人間のハーフであり、そして聖剣の勇者の称号も持つ稀代の聖職者、シャルロットである。光の神殿は一応彼女が任されているのだが、彼女は暇があれば世界中を殉教(といえば聞こえは良いが)して歩いていて、留守を預かる老司祭ヒースが実質束ねているようなものだった。
「あの頃と比べると、本当、緑が多くなったわよね」
 ナバールのもと盗賊たちが砂漠を緑に変えようと動き始めてから40年あまり。おそらくは何代もかけて行なわれる計画ではあるのだが、それでも、街の周りという限定した範囲では、目に見えて木々や草は多くなっている。
 いつか、この大陸が緑で覆われるのを、この目で見ることもできるだろう。
 砂漠特有の風を受けながら、シャルロットは街の中心部へと向かって人々の喧噪の中を歩いていった。


「なあ、どうだ、目許のあたりなんかあいつにそっくりだろう?」
 明らかに締まりのない口調でホークアイが言うのを聞きながら、シャルロットは揺り籠の中をのぞき込んだ。
 その中にはすやすやと眠り込んでいる赤ん坊が一人。
 ホークアイに初めて生まれた、曽孫の女の子であった。
 このだらしのない口調を、シャルロットは二十年前も、そしてその前も聞いたことがあった。
「ホークアイ……、あんたほんっとーに親馬鹿なのね……」
 いや、この場合は孫馬鹿とか曽孫馬鹿とか言うべきなのか。とにかく子供であるというだけでも親馬鹿ぶりは健在なのだが、それが娘でさらに妻似とくればもういちもにもなくこれなのだ。
 揺り籠の横では彼の孫である女性が苦笑している。
 子供を抱え彼女が部屋を出ていくのを横目で見ながら、シャルロットは機嫌良さそうなホークアイに尋ねた。
「そういえば、ジェシカさん見ないけど、どうかしたの?」
「ああ、ちょっと貧血気味でな。いや、普段は元気なんだけど。最近は一旦調子悪くなると……治るのに時間がかかるんだ」
 表情をふっと曇らせて呟く。
「そう……病気ではないだろうけど……、何かあったら連絡をくれれば、すぐに駆けつけるから」
「そのときは、頼むよ」
 そう真剣な口調で言った後、ホークアイは出された紅茶を一口飲んで話題を変えた。
「それはそうと、アンジェラとか、ケヴィンとか、他の奴らは元気か?」
「ケヴィンはこれから尋ねるところ。アンジェラは……会いに行ったのは三ヶ月くらい前だけど、元気だったわ」
 ホークアイは意外そうな顔をした。
「へえ……あいつが。意外だな。だいぶ経ってるとは言え、まだ落ち込んでるかと思ったんだが……」
「あたしも、そうは思ったんだけど」
 ホークアイは、ふと窓の外に目を向けて、懐かしそうに呟いた。
「そうか……あいつらが逝って……もう二年になるんだな……」


「確かリースを看取ったのは、シャルロットだったよな」
「ええ、そうよ。二人にそう言われてたし。魔法も効かないし、医術も手遅れだったからね……」
 シャルロットにできたことは、彼女の病による痛みを取り除いて、少しでも穏やかに残り時間を過ごせるようにすることだけだった。
「でも、デュランの方は、知らされたときは驚いたな」
 リースの病のことはかつての仲間たちには知らされていた。その命が長くないことも。
「リースの方は知らされてたからな、亡くなったと聞かされても、そうかとしか思わなかったけど、あいつはいきなりだったからなあ……」
 衝撃、というのはなかった。聖剣の勇者たちも既に六十年以上の齢を重ねているのだ。ゆっくりと寿命という手が近付いていることは承知の上。しかし。
「健康そのものだったろう。まあ、それなりに歳くってただろうけど、倒れるとは思わなかったよ」
「しかも、リースとまったく同じ時分に?」
 シャルロットがそう言うと、ホークアイは苦笑した。
 そう。リースが夫と仲間と血を分けた家族たちに見守られながら天へ召されたそのときに。
 アルテナにいたデュランも突然倒れ、そのまま昏睡状態に陥って……そして眠りについたのだ。倒れる間際、長年連れ添った妻に、慈愛溢れる労りの言葉を遺して。
「嘘だと思った?」
「驚いたけど……信じなかったわけじゃないな」
 ホークアイは続ける。
「リースはともかく、まだあいつは死ぬには若すぎると思ったさ。でも、……ああ、これが、あいつの望みだったのかなって、思ったのも事実だ」
 四十年前にはわからなかった彼の心に、やっと触れられたのだと、ホークアイは思ったのだ。
「おまえも、そう思ったんだろう? シャルロット」
 シャルロットは話題を振られて静かに頷いた。
「あたしは、本人から聞かされたわけじゃなかったけど、知ってたからね。だから、あんまり驚きもしなかったかも。ああ、やっと……っては思った。でも、今思えば、アンジェラも、判ってたんじゃないのかな……そうなるってこと」
「そうか、なるほどね……。アンジェラも、ある意味これで救われたのかもしれないな」
「そうね……」
 ふっと、二人は会話をやめて、ずっと昔の頃に想いを馳せる。齢を重ねた今だからこそ、わかることもあるものだ。
 その間に、苦しみや悲しみや、傷付けあうことがあったとしても。
 きっと最後に幸せだったと思えれば、それでいいのだろう。
「じゃあ、これからビーストキングダムに行くのか?」
「ええ、いろんな用事も合わせてね」
 思い出に花を咲かせ、何時間もおしゃべりをした後、シャルロットはそろそろ行くわ、と言った。ホークアイは、街の出口まで見送ってくれる。
「しかし、年齢だけならたいしてかわんないってのに、おまえはまだまだ若いよな」
 外見だけなら孫でも通じるその容姿を見て、ホークアイは溜め息を吐いた。
「まあね、まだまだ若いですから♪」
「それが、四十年前にそうだったらなあ……」
「それは言うな」
 鋭く突っ込んでおいて、シャルロットは次の目的地に向かうべく風の太鼓を鳴らした。
「でも、この寿命だからできることもあるでしょ」
「ん、まあそりゃそうだな」
 ―――貴方たちの子孫を見守ることも、この世界を見守ることも、ね。
 フラミーに乗って月夜の森へ飛び去るシャルロットを見送って、ホークアイは呟いた。
「そうか……今日が、『約束の日』……」



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