聖剣3 デュラン×リース

あとがきに代えて


1.「たぶん、デュランは、言葉にできないくらい、リースのことが大切なんだ」




 前方に広がる空は、ところどころを白く染めながら、青く鮮やかに晴れ上がり、後方へ流れ行く空気は、わずかに潮を含み心地いい。
 フラミーは、その背に一組の男女を乗せたままであるにもかかわらず、縦横無尽に空を飛び回っていた。
 地上からは鳥にしか見えないだろう高みから街を見下ろしたり、かと思えば誰もいない海原を水面すれすれに飛んでみたり。

『フラミー。デュランとシャルロットの行った場所、連れて行ってくれるか?』

 そう言って背に乗り、全てをフラミーに任せたケヴィンだったが、焦らされるようなフラミーの飛びっぷりに思わず急かしそうになり、慌てて深呼吸をして自分を落ち着かせた。
 ……しかし、この風景、さっきも見たような気がする。
「……一体どこに行くんでしょう?」
 さすがのリースも少し心配になってきたらしい。ケヴィンの後ろから顔を覗かせた。
「わからない。知ってるの、フラミーだけ。任せるしかないよ」
 陽射しは穏やかで心地いい。よく考えれば、足元に砂漠も雪原も見ないから、彼女は彼女なりにルートを選んで飛んでいるらしかった。
 ふと後ろに視線を向けると、リースの顔が少しこわばっているのがわかる。
(オイラ……酷いことするのかもしれない)
 ケヴィンはふと思った。
 今から行くのは、シャルロットに言われたことを果たすため、だ。
 デュランが残したという、想いを知るために。
 まばゆい陽光に照らされていても、リースの表情はやや青ざめているような気さえする。もしかしたら、それは再び彼女の哀しみを引き出す行為なのかもしれない。
 あんなに、屈託なく笑えるようになったのに。
 ビーストキングダムを訪れ、獣人の青年や娘たちと、何の躊躇いもなく談笑していたリースの姿を、ケヴィンは思い出した。しかし、いまさら引き返す気はない。

 それでも。
 やっぱりリースには、デュランを想っていて欲しいから。

 フラミーの動きが変わる。
 旋回しながら飛んでいた彼女はいつしか、その軌跡を直線へと変えていた。ただ真っ直ぐ、本当の目的地へと向かう。

 そして、二人の目の前に広がったのは。
 草木の生えぬ、世界で最も天に近い地。
 ―――天の頂。


 フラミーから降りる前にあるものを見て、ケヴィンは安堵のため息をついた。それは、リースにも見えていたはずだった。
 彼と旅を共にしていた者なら、それが何であるかわかる。彼にとってどれほど大切なものであるか知っている。
 ―――だから、それがデュランの想いなのだと、理解できるのだ。

 フラミーから飛び降りたケヴィンは、続いて降りてきたリースの背を押し、前に行くように促す。
 されるがまま、のろのろ歩くリースに、ケヴィンは声をかけた。
「シャルロットが言ってた。これが……デュランの気持ちなんだって」

 天の頂のその最も高い場所に、一振りの剣が突き刺さっている。刃を見、柄を見れば、明らかに使い込まれたものであることが見て取れる。
 その剣は、黄金の騎士ロキから、息子のデュランへと継がれた、唯一の形見。彼が片時も離さず、心の支えとしてきたものだ。
 それを、この地に残していったということは―――。

「たぶん、デュランは、言葉にできないくらい、リースのことが大切なんだ」
 ケヴィンはそっと呟いた。この言葉が、リースに聞こえても聞こえなくてもかまわない。言葉なんて要らないはずだ。彼女には、この光景だけで充分のはずだから。
 光放つ金髪が、ゆらゆらと風に揺れる。そのリースの背が、突然低くなった。
 膝から力でも抜けたように、ぺたりと座り込んでしまう。
 両手を口元に当てて、彼女は泣いていた。

「デュランがここに来たの、式の前だったって……。まだ、リースがローラントに居た時だよ―――」
 ケヴィンは空を貫いて立つ剣を見つめる。
 想いを言葉になんてほとんどしないデュランだから、余計その剣から想いが伝わってくる気がする。

 彼は、ここに想いの全てを置いていったのだ、たぶん。
 自分が心の支えとしてきた大切なものを残していくことで。

 こんな恋が、あってもいいはず。
 彼がそれで満足するなら、彼女がそれを受け入れ、応えるなら。


「―――ごめんなさい、ケヴィン」
 掠れるような小さな声で、リースは言った。その右手が静かに背後に伸びて、艶やかに煌めく髪をまとめるリボンを引きほどく。
 ふわりと風に揺らめく金色の波。
 風にあおられ、右手にまとわりつく若草色のリボンを、リースはきつく握り締めた。
 それは、彼女の選択。―――そして、想い。
 デュランの剣へ歩み寄ったリースは、その柄にリボンを結びつけた。途端に、何故かリボンは周囲の風とは無関係に穏やかに揺れ始める。

 ―――また、『どこか』で巡り逢おう。

 たたずむリースの後姿を見守るケヴィンの顔に浮かぶのは、優しい笑み。
 彼女の上に広がる空を見上げれば、風に流れ行くのは白い雲。

(オイラたち、たぶん誰も間違ってないよ……)

 デュランの選択も、アンジェラが貫いた道も。
 リースが進もうとしている未来も。
 ―――そして、自分が紡ごうとしている人生も。

 正しいかどうかなんて、誰にも言えない。
 どうか、最後はみんな笑顔でありますように。




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