聖剣3 デュラン×リース

ほっとみるく




「そういえば……」
 ああは言ったものの、まだ完全には諦めきれないのか空を見上げているデュランが、その姿勢のままで呟く。
「考え事ってのは、もしかしたら昼間からずっとか?」
「え?」
 リースが思わずデュランを見上げると、視線に気付いたのか、デュランもこちらを見た。
「昼間……ここに来る前に戦ってた辺りから、様子がおかしかっただろう」
「……気付いてたんですか」
 まさか、気付かれているとは思わなかった。唖然として、リースは言葉を失う。
「戦闘中からして、敵の攻撃避け損ねたりしてたからな、その後も上の空だったし。何かあったかと思ってたんだ」


 あの戦闘中、誰もがぎりぎりだったと思う。いつもとは勝手が違っていた。
 魔法使い二人を護ることと、少しでも敵を減らすことで精一杯だっただろう。だから、あの戦闘の後はみんな口々に疲れたと言っていたではないか。
 そんな中で、アンジェラを護りながら、敵と戦いながら、それでも自分を見ていたというのだ。ましてや、異変にすら気付いていて―――。
 それは、彼がフェアリーを宿し必然的に六人の中でリーダーとなっているせいかもしれない。誰も倒れることがないように、五人全員に気を配っていただけなのかもしれない。それでも、リースは何故だか嬉しくてたまらなかった。


 あるいは、今、聞いてみてもいいかもしれない。たぶん彼は、想像した通りのことを、答えてくれるはず。
「……デュランは、女が戦いに出ることって、どう思いますか?」
 リースが思い切って尋ねてみると、デュランは眉をしかめて奇妙な顔をした。指で頬を軽く引っかきながら、考え込む。
「女が戦いに出る、ねえ……」
 しばらくの、間があった。その間も、リースは黙ってデュランを見つめている。
「例えばな……俺はこの通り、剣術ぐらいしか誇れるものがねぇけど、ホークアイはどっちかと言ったら罠を張るとか鍵開けの方が得意だろ」
 例えばアンジェラは魔法が得意で、リースが得意なのは槍術。
 もうひとつ例を挙げて、デュランは続けた。
「合う合わないの問題なんじゃねえのかな。男女は関係なくて。それぞれ自分の得意なことをやればいい……と思う」


 風に乗り、残っていた雲も、すべて流れていってしまったようだ。夜空を埋めるのは月と星々。昼間とは違うほのかな明りが、二人を浮き上がらせている。
 デュランの言葉に、リースはにっこり笑った。
「……そうですね」
 彼はこういう人だ。こんな考えをして、そういう態度で振舞ってくれるから。
 だから、一緒にいるのが心地いい。




 少し、ぼんやりする。そう思った後、リースは軽く欠伸をした。涙で潤んだ目を、瞬かせる。その視界の中で、満足げなリースの様子に首を捻っていたデュランがおかしそうに笑った。
「その調子じゃ、眠れそうだな」
 確かに、この温まった身体とようやく湧きあがってきた眠気で、このままベッドに入ればそのまま眠れそうな気がする。
 デュランとリースはそれぞれの部屋に引き上げることにして、出てきた扉から宿屋に戻ることにした。
 中では酔いつぶれている客をあしらいながら、宿屋権酒場の女主人が出迎えてくれる。寛大な、だが意味ありげな笑顔を向けているがとりあえずそこは軽く無視を決め込んで、二人で借りたカップを返した。
 部屋に戻り、二人の寝息を聞きながらリースは自分にあてられたベッドに滑り込む。
 全身がほんのり温かく、人が不在だった布団は少し冷えていたが寝るのには問題なかった。
 布団の中でデュランの言葉を思い出し、一度微笑んでから、リースは瞼を閉じる。
 ―――この温かさは、たぶんホットミルクだけのせいじゃない。
 きっと、明日は幸せ。
 何かに引っ張られるように、リースはそのまま眠りに落ちた。




 翌朝。
 眠った時間は少なかったが、目覚めはすっきりとしたものだった。満足げに伸びをしたリースは、まだ心地よい寝息を立てる二人を起こさぬように静かに身支度をして廊下に出た。
 ふと男性陣の部屋の方へ視線を向けると、向こうから首を捻ったり腕を回したりしながらケヴィンがこちらへ歩いてくるところだった。
「おはようございます、ケヴィン」
 リースが声をかけると、ケヴィンも気付いたようで人懐こい笑顔でを向けてくる。だが、挨拶をしながらも、腕を回すのは止めなかった。
「おはよう、リース」
「腕、どうかしたんですか?」
「うん……。おいら、朝起きたらベッドの間に挟まってた……。なんか、体が、変」
「ベッドの間、ですか……?」
 困ったような顔で肩を揉んでみたり首を鳴らしてみたりしている。つまり一晩、ベッドから落ちてそのままの体勢だったわけだ。結局、デュランはケヴィンを助けてあげないことにしたらしい。


 無性におかしくなってリースが笑っていると、ケヴィンの姿の向こうに部屋から出てきたデュランが肩をすくめてこちらを見ているのが見えた。ゆっくりと歩み寄ってくる彼に、リースは笑顔で声をかけた。
「おはようございます、デュラン」
「おはよう。よく眠れたか?」
「はい、おかげさまで」
 リースの元気な返事に、デュランも満足そうに笑顔で返す。
 この会話の意味は、二人しかわかるまい。現に横でそれを聞いていたケヴィンは、最後のリースの台詞を聞いて一瞬首を傾げていた。それでも、その後に続いたデュランの台詞でその疑問は頭から吹っ飛んだに違いない。
「とっとと朝飯食いに行くか。他の二人はどうした?」
「まだ気持ちよさそうに寝ています。昨日ので疲れているみたいでしたから」
「そうだな。ホークアイもまだ寝てるよ。……とりあえず、三人で食べちまうか、あいつらも目が覚めれば来るだろ」
 デュランはそう言い、ケヴィンとリースに視線を送った。ケヴィンは目を輝かせて賛同し、リースも頷く。意見が一致し、三人は食堂へと向かうべく歩き出した。


 ベッドとベッドの隙間での寝心地について話すデュランとケヴィンの後ろをついて歩きながら、リースはデュランの後姿を見つめる。
 濃い茶色の毛先には見事な寝癖がついていた。たぶん、遅れて起きてきたアンジェラに開口一番「何なのその頭!」とでも叫ばれて、朝からひと騒動起きるに違いない。そして、その賑やかな六人のまま、旅立つのだろう。
 些細なことから際限なくどこまでも発展していくデュランとアンジェラの言い争いを想像して、リースは笑った。
 それも悪くないなとリースは思う。始めは馴染めなかった賑やかさだけれど、今はとても楽しいと思える。辛いことから始まった過酷な旅ではあるけれど、こんな楽しさの中、一緒に居られたなら。
 リースの突然の笑い声に驚いたのだろうデュランが、不思議そうな顔でこちらを振り返っていた。




 戦いのとき、護られる姫ではない私。
 それどころか、真っ先に飛び出して、隣で戦っているような私。
 それでも、あなたは私を見ていてくれて、少しの異変でも気がついてくれる。


 そんなあなたが、―――大好きです。



END


Index ←Back
Page Top