聖剣3 デュラン×リース

想いの鎖




旅に出る前。守りたいものは国―――尊敬する王だった。
英雄王―――フォルセナのためなら、父のように殉ずることさえ憧れるほど、
命は惜しくなかった。



 美獣を倒し、父王の仇を討ち果たした後、リースは砂漠のオアシス、ディーンへ行きたいと言った。
 もう一人、報告したい人がいるのだと。
 向かった先は、美獣に呪いをかけられてたという女性・ジェシカとその看病をする、ナバールの盗賊・ホークアイのところだった。
 リースの言葉に、ホークアイは何か複雑そうな様子ではあったが、何度も感謝の言葉を述べた。
リースも満足そうな笑顔を見せている。
 それを見ていたデュランは。

 はっきりいって、おもしろくなかった。

 愚痴を聞いてやるという物好きな奴がいれば、何時間でも話してやりたいほどに腹立たしい。
 何故、と問われれば、理由ははっきりしている。
 リースが、あの砂漠の盗賊を気にかけていること……それしかない。
 民をまとめる立場にいる彼女が、他の人々に気を払うこと、大切なものを奪われた人に手を差し伸べること……それは良いのだ。それが彼女が彼女たる所以であろうから。
 ただ。問題なのは、その相手がホークアイであることだけなのだ。
 それが別の人間なりであれば、彼女の行動にそれなりに関心もできたのだが。
 何故、そんなに報告を急いだ?
 敵を討ち、大事な弟を取り戻さなければならないのではなかったかという俺の問いを突っぱねたのは、何故だ?
 自問自答しながら、なんだか暗くなると同時になんで自分がこんなに振り回されなければならないかとますます腹立たしくなった。


国を失う前。大切なものは国民と弟王子だった。
王女として弟を支え、
アマゾネスとして国民を守ることに、命を賭するのだと思っていた。



 ディーンで一泊し身体を休めようということになり、宿屋へ向かったリースたち三人だったが、道中、デュランがいたく不機嫌な様子であることにリースは気付いた。
 部屋を取ると、さっさと引っ込んでしまう。
 取り付く島もないその態度に、同室のケヴィンはどうしたらいいかと困った顔でリースを見た。
 リースは苦笑しながら頷き、ケヴィンをしばらくどこかで時間を潰すように言うと、部屋に向かった。
「デュラン?」
デュランがあてがわれている部屋の扉を叩いてみるが返答はない。
「入りますよ?」
 有無を言わせず扉を開けると、ちょうど正面の窓際にデュランが立ったまま壁に寄りかかって外を眺めていた。来室者に気付くと一瞬視線をこちらに向けたが、外方を向くように再び窓の外に目を向けてしまった。
「どうかしましたか?」
「……別に」
 感情のこもらない言葉は、そうであるが故に彼の機嫌が悪いことを表現していた。そして、彼はこうなると無口になる代わり手が出始める。そうして売り買いした喧嘩はそろそろ両手を超えているのだ。
 さて一体何に腹を立てているのかと、リースが入り口付近に立ったまま思案していると、唐突に、デュランが言った。
「そんなに急いであいつに報告したかったのか?」
 それと似たような問いを、あの場で言われた。あの時はなんと答えただろうか。
 ―――敵を前にして戻るほど急ぐ必要があるのか?
 ―――そうです。あの人は早く知りたがってると思います。
 自分としては他意はない。
 大切な少女を守りたいと、救いたいと願う気持ち。
 救うために旅に出たいけれど、苦しんでいる彼女を置いては行けないという葛藤。
 早く報告したいと思ったのは、リースの中に彼と共通する想いがあったから。
 自分より明らかに強い人に対して、助けは必要ないだろうけれど、それでも何かしたいと、護りたいと思った気持ち。自分のやるべきことと、その気持ちの間を彷徨った葛藤。
 どちらも、ただ一人への想いから紡がれたものだ。
ホークアイの中にそれを見つけたから、だから自分はその願いを早く叶えてあげたいと思った。
 ただそれだけ……なのだが。
 ふと思いついて、リースはデュランをのぞき込むように近づく。
「……焼きもちですか?」
 いたずらな笑みを浮かべるリースに、ぶすっとしたままデュランは答えた。
「悪かったな、そうだよ」
 いつものように、意地の悪い言葉に同じく意地の悪い言葉で応酬されると思ったリースだが、予想していない思いがけない反応に目を見張った。なんだかくすぐったくなってきて、リースは憮然としているデュランを尻目にくすくすと笑い出した。
 ますます表情の険しくなるデュランに、可笑しさと嬉しさとでこらえきれなくなった涙を拭いながら、リースはあっけらかんと言う。
「そんなこと……心配してたんですか」
「……」
 デュランは無言でリースを見つめ、音もなく右手を差し出した。
 リースがごく当然のようにその手に左手を重ねると、デュランはその手を軽く引いて、彼女を傍に引き寄せる。
 されるがまま腕の中に収められ、リースはいたずらめいた表情でデュランを見上げた。
「もしそうだったら、普通はこんなことさせませんよ?」
「わかってる」
 時々心配になるだけだ、とこぼしたデュランに、だったら普段からこっちのメッセージに気付いてくださいと彼の胸に頭を預けながらリースはちょっとすねたように言う。
 いつも通りのやりとり。
 旅に出る前は得ることがあるとすら想像しなかったと互いの温もりを感じながらそっと思う。


大事なものがあれば、想いを捧ぐものがあれば。
それはいつか必ず、どこかで闘う力を鈍らせる。
ずっとそう思ってきた。
自分は戦い続ける存在だから、大切なものなど必要なかった。
けれど。
彼女/彼に出逢って。その温かさに触れて。居心地の良さを感じて。
自分にとって大事なものが、自分に大きな力を呼び起こすことを知ったとき、
想いに縛られるのも、悪くない、と心から、思った……。



 砂漠のだいぶ緩んだ陽光がさす夕暮れの窓辺。
 互いの背と首に腕を回し、二人の視線が絡み合う。
 買い物客でごった返し始める時間。
 だが、外の喧噪も、二人のいる部屋までは入っては来ない。
 ただ太陽の輝きが、見守っているだけだ。
 二人の額髪が、そっと混ざり合った……。


END
2001.9.10


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