聖剣3 デュラン×リース

Reason




 ホークアイとデュランがやり取りしていた部屋から真っ直ぐ、廊下を突き当たった角を曲がるとすぐ、やや大きめにスペースがとられた場所がある。
 ソファとテーブルが置かれた談話室がわりなのだろう。観葉植物も傍らに置かれている。
 見ただけでも柔らかそうなソファに、リースは縮こまるように身を沈めていた。
 辺りに人気はない。


 簡易手当てに裂いた布を巻いただけの右の二の腕が、ずきずきと痛む。布に血も滲み始めている。
 血をかなり流したことを知っているからだろう、宿について一息入れると、デュランはリースの腕の手当てをしようとした。
 利き手の傷の手当てを、反対の手でやるのはひと苦労だ。
 見るからにたいしたことはないと言える傷でもなく、デュランが心配していることは見て取れたのだけれど。
 思わず傷のことなんていいと拒否をして、……何故かいつの間にか言い争いになっていた。
 けれど、自分の腕の傷以上に、リースには心配事があったのだ。街へ向かうデュランが、明らかに腹部をかばいながら歩いていたから。
 弱音を吐く人ではないことは知っている。頼られることには慣れていても、人に頼り弱気を見せることを潔しとしないことは知っている。
 でも、それでも自分たちは仲間なのだと、信頼し合える間柄なのだと思いたいから。


「……ここにいたのか」
 低い声にリースが顔を上げると、応急処置道具の箱を持ったデュランが、呆れた様子でそこに立っていた。
 無言で隣の一人掛けのソファに腰を下ろす。
 目の前のテーブルにかたんと軽い音を立てて箱を置くと、デュランはそこから消毒液と薬草、包帯を引っ張り出す。
 やはり、手当てするつもりなのだとリースが右手を隠して立ち上がろうとすると、静かな声がリースを引きとめた。先ほど言い争いをしていたときの刺のある響きではない、穏やかな声。
「話はまず手当てしてからだ。血を流してるのを放っておいたままだと心臓に悪い」
 それはどっちなのだか、とリースは心の中だけで思う。これを口に出したら先ほどの繰り返しで、泥沼に陥るだけだ。少し警戒を解いているそぶりはあるから、逆に虚をつくこともできるかもしれない。
 その服の下がどうなっているのか想像するだけで、寒気がしてくる。心臓に悪いのは、本当にこちらのほうだ。濃い色の生地だから、たとえ自分と同じように血を滲ませていても、一目見ただけではわからないだろうから。
 リースはおとなしく布をほどく。傷口に当てられた薬草も血を吸って黒ずんでしまっていた。それもはずすとざっくりと裂けた傷跡がのぞく。
 リースが黙って右腕を差し出すとデュランは黙って手当てを始めた。
 消毒液が滲みて、痛い。痛みが腕全体に染み込んでいく気がする。それでも、新しい薬草を当てて包帯を巻くと、だいぶ人心地がついた。
「ありがとうございます」
 綺麗に巻かれた包帯に、リースが顔を上げて礼を言うと、デュランは見るからにほっとした様子だった―――表情に大きな変化はないが、それでもリースにはわかる。


 ……卑怯。
 自分ばかり安堵して、こちらが心配することを許しもしない。人が傷付いていることが気にかかって仕方ないのなら、相手が同じような思いをしていることだって、すぐに想像できるはずなのに。
「デュランは、傷の手当ては終わったんですか」
 リースが尋ねると、デュランは左手をひらひらさせた。手当てをするまでもない、擦り傷。受けたときは多少血も滲んでいただろうが、今はすっかり塞がり、乾いている。
「手当てするまでもないだろう、こんなのは。道具を無駄遣いするだけだ」
 あくまで、しらを切り通すつもりらしい。だが、自分が手当てを受け入れた以上、リースはそのまま引き下がるつもりはなかった。
 心配事がなくなったせいなのか、先ほど言い争いをしていたときに比べて、デュランの警戒は甘い様子だ。リースのわずかな動きにも気付いていない。
 腹部ががら空きだ。―――もしかしたら、それすらも彼の戦略かもしれなかったけれど。
「そちらではなくて―――」
 リースは一瞬でテーブルに手をつきデュランの上衣を引っつかんで腹部を捲り上げる。慌てたデュランがリースの腕をつかんだのと、リースがデュランの腹部の傷をその目に見たのは同時だった。
「……!」
 デュランの顔に焦りが浮かぶのを、リースは確かに見る。
 人の傷を心配している場合などではない。この傷を止血もせずに、よくもこの宿まで歩いてきたものだ。
 爪で深く切り裂かれた傷が、三つ。血はまだ止まりきらず、周囲に生々しい鮮血を滲ませている。毒をもつ爪でなかったのが幸いだ。
 直視するには、あまりに酷い。リースは蒼白な顔で、デュランを睨み付けた。
「やっぱり、怪我―――」



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