聖剣3 デュラン×リース

Tiny happiness




 それはもしかしたら。
 パーティに回復魔法が使える者がいない、ということだけに起因することではないのかもしれない。
 彼女が世話好きということだけに起因するのではないかもしれない。
 毎日、戦闘の度に繰り返されること。

「あーっ! デュラン、今度手当てする、オイラが先!」
「そんなかすり傷、舐めときゃ治んだろうが。傷は俺の方が酷い」
「よくない! さっき、デュラン、先だった!」

「もおぉっ、いい加減にしてくださぁいっっ!!」

 いつも通りの日常。



 マナの減少を受けてなのか凶暴化しているモンスターを相手にしながらようやくたどり着いた街で、リースは久しぶりの騒動のない平穏な時間を味わっていた。
 モンスターのために旅人が減り、閑散とした宿屋は少し物寂しかったが、いつも喧騒の中にいるリースにとってはありがたかった。
 宿屋の女主人ご自慢の紅茶を入れてもらい、借りた本を読みながらそれを味わう。
 デュランとケヴィンは昼を一緒に食べてからはどこかへ出かけてしまったのか、姿が見えない。
 でも夕食までには戻ってくるだろう、とリースは特に心配しなかった。
 もともと男性と接する機会が少なかったリースにとっては余計なのだけれど、あの二人はいまいちつかみ辛かった。クラスチェンジをして闇クラスになってから余計そう感じる。
 それに。
 デュランは彼女のひとつ年上。ケヴィンは彼女のひとつ年下。出会った頃は確かにそう思えるところはあったのだけれど。
 最近、年下、それもいくつも年の離れたような下の子を二人相手にしているような錯覚に陥るのは何故なのだろう。
 そもそも、二人が戦闘が終わる度にリースがどちらを先に手当てするかで揉めていることがそう錯覚する原因なのかもしれない。あまりに揉めるために手当てが進まず業を煮やしたリースが、交互にすると宣言して話はついたはずなのに、毎回揉めてくれるのだ。
 それ以外の場面ではデュランもそれなりにパーティ最年長というところを見せてくれるのに、そのときばかりはケヴィンと同レベルで張り合っている。
(それにしても、どうして私が二人の手当てをするってことになったのかしら……)
 戦闘になるとまず先にデュランとケヴィンが飛び出していってしまい、リースがそれを追う形となり、結果として、リースより二人の方が怪我をしやすいという傾向はあるのだけれど。
 これからの旅のことを思い、リースはため息をついた。


 夕方になり、二人の姿が影も形も見えないと、リースはいよいよ心配になってきた。
(どこに行ったのかしら……)
 宿屋にもし二人が戻ってきたら探しに出たと伝えてほしいと伝言を残すと、リースは暮れていく街の中を、二人を探して歩き始めた。
 街の中心の噴水。食べもの屋。本屋。武器防具屋に道具屋。
 二人の行きそうなところをざっと回ってみるけれど、いるのは帰りを急ぐ住人の姿だけで、二人の姿は見当たらない。
 すれ違ってしまったかと宿に戻ろうと思ったとき、リースはこの街のはずれに川が流れていて、寝転ぶような草原があったのを思い出した。
 確かあのあたりに木も生えていた。
 デュランは草原に寝転んで昼寝をするのが好きで。
 ケヴィンは木に登ったり、木の上で昼寝をするのが好き。
 もしかしたら。
 リースは急ぎ足でそちらへと向かった。


「リースっ!」
 陽は既に沈み、あとは夕焼けが青く染まっていくだけ。街の東側は徐々に薄暗闇へと沈んでいく。
 その薄暗闇の向こうから、夕焼けを浴びて橙色に煌めく金髪を揺らしながらケヴィンが走ってきた。
「ケヴィン、どこに行ってたんですか! 帰ってこないから探して……」
 そのリースの言葉は最後まで続かなかった。
 ケヴィンが走ってきたその速度のままリースの腕をつかみ引っ張っていこうとしたからだ。
「リース、こっち来て!」
「えっ? ちょ……、ちょっと待ってください、ケヴィン!?」
「いいから、いいから、早く!」
 慌てるリースに、ケヴィンは振り返りもせずその腕をどんどん引っ張っていく。はじめはいきなりのことに付いていけずにいたリースも、やがて速度を合わせてケヴィンの後を追い始めた。
 二人はどんどん闇の中へ、そして街のはずれ、リースが目指そうとしていた川へと向かっていく。
 その岸に広がる草原へと続く土手の上に、濃茶色の髪を闇に溶け込ませながら立っているデュランの姿が見えた。
「デュラン?」
 二人とも一緒に? そう思いながら徐々にデュランに近づいていくリースに、突然前から声がかけられた。ケヴィンだった。
「リース、ここからは、目、つぶって」
「え?」
 何を言われたか理解できずに、リースは立ち止まった。
「……目をつぶってどうするんですか?」
「ここから、オイラたち、案内する。だから、リースは、目つぶってて」
「?」
 ますます意味がわからず、リースは困惑した。その右手が、すっとデュランの左手に持ち上げられる。
「こうしておけば、見えなくても歩けるだろ。ちょっと見せたいものがあるだけなんだ」
 デュランは口元でだけ笑う。ケヴィンはにっこり微笑んでいる。二人の笑う姿は珍しく、リースはよくわからないけれど、二人の言うことに従おうと決めた。
 わかりました、と一言、リースは瞳を閉じる。
 右手にはデュランの左手、左腕にはそれをつかんでいるケヴィンの手の感触。不思議なことに、そのぬくもりが確かに行く方向を教えてくれるから、何も見えなくても恐れはなかった。
「リース、そこは急に低くなってるから気をつけろよ」
「その先、泥だから、気をつけて、リース!」
 時々声をかけられながら、リースは暗闇の中導かれて歩いていく。数分歩き通した後、二人はリースを促して立ち止まった。
「いいよ、リース、目、開けてみな」
 デュランに言われ、リースはそっと目を開けた。

 そして―――。

 彼女は天の川に立っていた。

 足元に広がる光の海。
 よく見れば、それはふっくらと膨らんだ花弁を持つ花が一面に咲き乱れ、自身の内側から柔らかな光を放っているのだった。
 それが地面から白く淡い光を発し、三人の姿を闇の中に浮かび上がらせている。
 リースは思わず感嘆の声を上げていた。
「綺麗……」
「蛍草っていうんだとさ。昼間、太陽の光を吸い込んで、夜の間中輝き続ける」
 デュランの言葉に、リースはしゃがみこんでその花をまじまじと見つめた。
 川に沿うように岸辺一面に広がる蛍草の花畑は、光の川と形容できるほどに綺麗で。その一輪一輪は、小さな光をこぼしながら、川を抜けていく夜風に揺れている。それはまるで星の煌めきのようだった。
 幻想的な光景に心を奪われていたリースの視界に突然大きな光の束が現れた。
「はいっ、リース!」
 見れば、ケヴィンが蛍草を集めて作った花束を目の前に差し出したのだった。
「光ってるのも、綺麗。だけど昼間見ても綺麗、この花」
「……ありがとうございます」
 心の中に温かいものを感じながら、リースはその花束を受け取った。手の中に星の輝きがある。
「俺は良くわからんけど、匂いもいいらしいぞ。この街の人はよくドライフラワーにするって言っていたから、リースも作ってみたらどうだ?」
 そう言いながら、リースの耳元に髪飾りのように蛍草一輪をさしてくれたのはデュラン。
 見上げると、デュランもケヴィンも優しくリースに微笑みかけていた。
(ああ、私って……)
 目の前の姿に、リースは忘れていたことを思い出した。外見に戸惑わされてはいたけれど、この人たちが、困っている人がいれば手を差し伸べずにはいられない、とても心の優しい人たちであることを思い出したのだった。
(なんて幸せなんだろう―――)
 こんな人たちに国を取り戻す手伝いをしてもらって、こんな二人と一緒に旅ができて。
「ありがとうございます。とっても嬉しいです……!」
 心の底から嬉しくて、リースはにっこりと二人に微笑み返した。
「さ、帰りましょう、ごはんになっちゃいますよ」
 リースが立ち上がってそう言うと、二人とも同意を示し、三人は宿屋へと戻ることになった。
 蛍草の花束を胸元で握り締めて。蛍草の髪飾りをその艶やかな金髪と一緒に風に遊ばせながら。
 彼女よりいくらか背の高い二人に挟まれながら、リースは上機嫌で帰路に着いたのだった。
 三人の頭上には、細く輝く月と、楽しそうに瞬いている幾億の星々。



 次の日。

「……おい、ケヴィン、お前何先に手当てしてもらってるんだ!?」
「いいだろ、そんな怪我、布巻いたら治る」
「ほう、なんだったら試してみるか?」

「……もう、だからどうして喧嘩ばっかりするんですかっっ!!」

 いつも通りの日常。
 たぶんしばらくは、このまま何も変わらない。

 毎日毎日続いて、きっとされる度疲れてしまうけれど。
 でも、この二人と旅を続けている限りは。

 きっと幸せ。


END
2002.11.18


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