悠久の絆

番外編


少しだけ見せつけて



 エルティスは街の通りを走っていた。腕には買出しを終えた袋を抱えたままだ。
(あぁもう、失敗した!)
 二人で買い物を分担した結果、一番行ってほしくない店にデュエールが行くことになっていた。それに気付いたのはメモを見ながら買い物を済ませた後である。重いものが多いとか、あそこは女性が行くとまけてくれるとか、そんな理由で買うものを分けたので成り行きではあるのだが、エルティスは激しく後悔することになった。
 急いで目的の店にたどりつくと、ありがとうございました、という店員の声とともにデュエールが振り返るところだった。彼に送られる、またどうぞ、の台詞がなんとも含みがあって、その上向けられる視線も尋常ならざるもののように感じて、エルティスは思わず眉をしかめる。
 彼女――あの店の看板娘がデュエールに好意以上のものを抱いていることをエルティスは知っていた。
 この街の滞在期間は思ったより長くなっている。周囲が薬草を集めやすい環境であることもそうだし、住みやすいということもそうだし、少しゆっくりしてもいいか、ということで二人とも合意の上だ。
 しかし、そのためにこんな副産物までできようとは。
 デュエールがあの店に行くと、必ず注文した量に何かおまけがつく。ついでに会計のときも他の客より少し長い。常連客の場合はデュエールと似たようなことになっているから、誰も文句は言わないけれど、彼は他の人ほど長くこの街にいるわけではないのだ。
 口をへの字に曲げたままエルティスが突っ立っていると、歩み寄ってきたデュエールが奇妙な顔をする。
「エル?」
「……お帰り」
 別に彼自身に何ら責任はないのだが、思わず棘のある声が出た。
「どうかした?」
「なんでも」
 返答もますます棘を増して、エルティスは心の中で頭を抱える。一人で拗ねていたってどうしようもない。
 不思議そうに首をひねるデュエールは、エルティスの持っている荷物を受け取ろうとした。そこで唐突にひらめいたエルティスは思い切り荷物を横に動かして、デュエールの手から遠ざける。
「?」
「これくらいなら大丈夫。持てるから……、手、つないで帰ろう?」
 エルティスの言葉にデュエールは一瞬きょとんとして――すぐに何か思い当たったのだろう、ひどく嬉しそうな顔で笑った。向けられたその表情にエルティスが固まっている間に、デュエールはとても自然な動作でエルティスの手をすくいあげる。なんでもないことのように指が絡まった。
「じゃあ、帰るか」
 そう言って笑ったデュエールの向こう、エルティスの視線の先で、店員の女の子の表情が変わる。驚いて、その後に悔しそうな色がじわじわと顔全体に滲んでいった。
 たぶん彼女はさっきのデュエールの表情も見ているだろう。今までエルティスもこの店に一緒に買い物には来ていたのだが、たぶん今まで彼女の視界には入っていなかったのだ。
 何か、心の中がすっとした。
(たぶん、これって意地が悪いって言うんだよねぇ)
 そうは思うけれど、エルティスはおまけのように心の中で彼女に向かって舌を出す。
(残念でした、デューはあたしのなんですっ)
「エル、帰るよ」
 軽く手をひかれて、エルティスは歩き出した。

「ねえ、デュー。この手……」
 手をつないで並んで歩きながら、エルティスは隣の幼馴染を見上げる。ただ手を重ねているだけではなくて、しっかりお互いの指が絡んでいるのだ。つまり、なんでもない者同士ではしないだろうつなぎ方。
「だから、こういうことなんだろ?」
「う」
(まぁね、前も同じようなことで拗ねるの見られてるからね……)
 デュエールにはエルティスの思考はお見通しらしい。しかしエルティスにはデュエールの思考が読めないときがある。わかってもらえるのは嬉しい。しかし若干納得いかない。
 そう、今もだ。
「こういうの、恥ずかしくない?」
 エルティスが尋ねてみると、デュエールは遠くにちらりと視線を向ける。エルティスがそれを追おうとすると、わずかに硬い声が隣から飛んできた。
「エルはそっち見なくていいよ」
「何? ……というか、さっきの質問の答えは?」
「まあ、俺も都合がいいからこれでいいけど……なんなら腕とか組む?」
 エルティスは少し考え込む。でも、こうして手がつながっているのもいい。自分のことを考えてくれるのも嬉しい。
「ううん、これでいいよ。このまま宿まで帰ろ」
 エルティスがそう答えると、デュエールが優しく笑った。今日二回目。エルティスもなんとなく嬉しくなって笑顔を返す。

 誰もいないところならもっとくっついているときもあるけれど、誰かに二人のことを知ってもらうなら、これで充分。


初出 2010.3.28


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