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神官たちがいるのに、自分は助け出されることもなく放置されている。
この事実になんだか無性に腹が立ってきたエルティスは、もう一度力を振り絞って土砂を取り除こうとしていた。
何度も短剣の柄を突き刺し、崩れてきた部分を横に取り除いてまた短剣で削っていく。
むきになったおかげなのか、土砂にほんのわずかなへこみが生じていた。
そもそも神官が助けてくれると思ったのが間違いだったのかもしれない。
(母さんたちが病で苦しんでたときも何もしてくれなかったのに、何を期待してたんだろ、あたし。馬鹿馬鹿しい)
こうなったら、意地でも自分で掘り進んで外に出てやる、とエルティスは気合を入れた。しかし、何といっても手の疲労だけはなんともならない。
痺れた手を休めるついでに、エルティスは外の様子を伺うため、デュエールの視覚と聴覚を手繰り寄せる。
『……あなたが今から私の言う交換条件に従うのなら、エルティスを助けることはできます』
最初に聞こえてきたのは、巫女姫の言葉だった。そして、視界に浮かぶのはその声の主の姿。
デュエールは真っ直ぐ巫女姫を見ていた。巫女姫カルファクスは、いつも彼女がエルティスを見るときと同じ冴えた冷たい光を放つ瞳で、デュエールを見つめている。
(巫女姫様……?)
「あたしを助ける条件って……。一体何を言ってるの……?」
そして、信じられない言葉が、エルティスの耳に飛び込んできた。自分の耳からではない。この厚い壁の向こうにいる、幼馴染みが聞いた言葉。
『あなたが、エルティス・ファンを助けた後、彼女と一切の関わりを断つことです』
デュエールは、エルティスとルシータとを繋げる最後の糸。両親を亡くし、姉と離れ、周囲には滅びを呼ぶ"神の子"と疎まれる。そんな彼女がルシータで生きていくための最後の寄る辺。
『このままエルティスを見捨てるか、エルティスと関わりを断ってエルティスを助けるか、どちらかお選びなさい』
カルファクスの言葉に、エルティスは唖然とした。一瞬後には、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
そもそも、ここにこうして閉じ込められたことがおそらく偶然ではないのだ。
エルティスにここに来るように命じたのは巫女姫。
ここ数日雨もないのに祠の入り口だけ崩れているという、考えてみれば不自然な土砂崩れ。
祠にエルティスが来たことは巫女姫の他は数名しか知らなかったのに、今はほとんどの神官がエルティスが祠に閉じ込められたことを知っていた。
彼女を助けもせずに祠を見守っているだけの神官たち。
そして、今巫女姫が言ったデュエールに対する交換条件。
「最初から……」
あちらの声も聞こえない厚い土砂の向こう、当然聞こえるわけがない。それでもエルティスは叫ばずにはいられなかった。
「―――最初から、そのつもりだったのね! あたしだけ孤立させるつもりでっ!」
硬いはずの土塊に叩きつけた手の痛みが、まったく気にならない。
怒りが、熱となって全身を駆け巡る。確かに自分の体温が上がっていくのが感じられる。
身体の中にある魔力が、彼女の興奮に同調して、跳ね回るように活性化していく気がした。今まで、こんな経験はしたことがない。
(なんか、身体が変……?)
エルティスは身体を震わせた。妙な違和感を感じて、エルティスは身体の中で爆発しそうに暴れまわる魔力を落ち着かせようとした。
しかし、魔力は興奮を増す一方で落ち着く様子は微塵もない。
体験したこともない焼けるような熱さに全身を覆われたとき、エルティスは遥か遠くから、静かな声が響くのを聞いた。
―――目覚めよ、<アレクルーサ>。
今こそ、裁きの力を。
誰の声とも判断できない、低い声。強いて言うなら、厳かな雰囲気の男性の声か。
(誰なの……?)
エルティスの思考に対する答えはない。
一瞬にして全身を今まで以上の熱さが覆いつくし、エルティスの意識は四散した。
(初出 2003.9.11)