竜の王国シリーズ

竜珠の在り処




「……で、ひっくり返して怒られました」
 今日の礼儀作法の講義について里珠が報告すると、獅苑はひどく楽しそうに笑った。
 二人の間にあるテーブルには灯りがおかれ、室内を明るく照らしている。
 夜寝る前のわずかな時間、里珠の部屋で会話を楽しむ――多忙な獅苑に許される自由時間はその程度だ。それでも彼は毎日欠かすことなく日課として里珠の元を訪れていて、里珠にとってもささやかな団欒の時間だった。
「そうか、それは惜しいことをしたな。もう少し行くのが早かったら面白いところが見られたのか」
 思い返すような獅苑のしぐさに、里珠はいたたまれなくなって顔を伏せる。もう恥かしいどころか情けないにも程がある。母や祖母が聞いたらどれだけ嘆くだろうか。

 歩き方について確認されたのだ。何しろ特別な衣装を着せられるのだから、その見栄えを崩さないよう細心の注意を払って前に進まなければならない。城の中を歩き回るとき、ましてや魔物退治で足音を消そうとする歩き方とはまったく違う。
 今までは難なくこなしてきたはずなのに、今日に限って何もないはずのところで何かに躓き、横にあったテーブルに思わず手をついたのだ。運の悪いことにそのテーブルは勢いよく傾き、そしてその上には花を生けたばかりの花瓶が乗っていた。
 結果どうなったかいうまでもない。衣装合わせをしてなくて良かったですねと呆れられてしまった。
 本当に不思議だと未だに里珠は首を捻る。振り返ってみても里珠が足を引っ掛けたらしい場所には何もなかったのだ。邪魔になりそうな物も床のでっぱりすら。そして履いていたのは慣れた靴だったし、足を捻ったなどということもなかったのだ。
 そうして今更ながら歩き方について最初からおさらいをさせられていたところに獅苑が顔を出したのだった。幸いだったのはそのためにお小言から解放されたことだろうか。

「なんだか、紫綺(しき)様には怒られてばかりです」
 侍女頭のことを思い出しながら、里珠はがっくり項垂れた。母も作法や身だしなみに厳しい人だと思ったけれど、彼女には遙かに及ばないと思う。
 里珠の様子を見て、獅苑は笑ったようだった。
「仕方ない。数年ぶりのことだし、前回は色々あった上だからな。紫綺も張り切っているから、許してやってくれ」

 里珠が獅苑によって見出されて、竜珠を受け取ってからしばらく時間が経っている。竜珠を受けたことにより里珠は獅苑の婚約者となったのだが、婚姻は先送りされたのだ。
 前回――つまり国王である天眞とその妃である悠那の場合は遙か昔に竜珠を受けてしまっていたという事実から取り急ぎ婚約式だけが行われたという事情があるのだが、今回も里珠が置かれている立場からそんなことになっていたのである。
 魔物退治に赴く竜珠の姫など前代未聞――長の一族にとって、婚姻というのは社会的な意味だけでなく、実際の竜族とその妃の持つ力を強める契約でもあるから、それは里珠を更なる危険にさらすことでもあるのだ。
 それでも時を経るほど魔物の出現は激しくなり、国内外で『魔物の巣』が発見されることも多くなっていた。魔物を引き寄せる竜珠の存在はありがたいものでもあるのだ。

「しかし、あと一月しかないというのに、また明日から……か」
 里珠の向かい側で、獅苑はため息をついた。ふと獅苑は視線を逸らし、里珠もその先を目で追う。部屋の隅にまで明かりは届かず、薄暗闇に沈んでいるが、壁際に用意されたものは見ることができた。獅苑が見つめているのはそこに準備されたもの――革鎧だ。
 結婚式を一月前に控えているというのに、里珠は獅苑について魔物退治に赴かなくてはならないのだ。こうなることが予想できていたために式の準備は早々と始められていたはずなのに、そろそろ予定がおしてきているというのが、現状をよくあらわしている。

 本来なら、そこに用意されるべきは結婚式に伴うものであるだろうに、里珠の部屋に準備されているのは明日からの魔物討伐のためのものだった。
 その革鎧は、里珠のためだけに作られたものであり、竜族、ひいては獅苑の覚悟を示すものである。
 里珠のために身を護るものを与えるということ、それは本来は護られなければならない竜珠を何より危険な魔物のいる場所へ連れて行くということだ。ひとつ間違えば竜族は力を失うかもしれないというのに。
 ただ、そんなことをしなければならないほど、魔物に苦しめられているのも事実。
「明日は早いから、あまり夜更かしをしない方がいいな」
「はい」
 気を取り直すように獅苑は里珠を見る。労わるような視線に、里珠は大丈夫だと笑顔を返してみせた。
 魔物たちが里珠を狙うのは確実なので、里珠の負担は想像を絶することもある。この革鎧を着るのは明日で二度目になるが、前回は逃げ損ねて魔物の爪を背中で受ける羽目になったのだ。すでにその綻びは直されているし幸いにも肌は傷付かなかったので良かったのだが、あのときの獅苑の落ち込みようはある意味見ものだった。
 不謹慎ではあると思っているけれど、城にいるよりは獅苑の姿を見ていられるから、頑張れるのだと思う。

 ふと持ち上げられた里珠の手を見て何か気付いたらしく、獅苑は眉をひそめた。
「獅苑様?」
「その手はどうした?」
 左の指先に軽く包帯が巻いてあるのを見咎められたのだ。咄嗟に返答できず、里珠は言葉を探す。
「えーと、ちょっと繕い物をしていたら、……針を刺しました」
 昼間に引き続いた失敗の暴露に、獅苑は一瞬目を点にし、堪えきれないとばかりに口元を手で隠して笑い出した。もうどう言い訳もできなくて、里珠は明後日の方向を見つめて逃げることにする。
「……それは一月後のことに動揺していると思っていいんだろうか」
「そ、ういうことにしておいてください」
 獅苑の目を見られないまま、里珠は上ずった声で返していた。いっそのこと本当にそうだったらよほど可愛く見えるのではないか、などと思いながら。

 気配が動き、獅苑が立ち上がったことに気付いて里珠は慌てて後を追う。扉の前まで追いかけると、獅苑は振り返って里珠を見た。
 何を言う暇もなく、左手を掬い取られる。持ち上げられた指先の包帯に、獅苑の唇が触れた。わずかな感触から生まれた痺れが一瞬にして全身を駆けていって、里珠は絶句するしかない。
 目が合うと、獅苑はかすかに艶めいた笑みを浮かべた。
「明日は早いからな。おやすみ」
 名残惜しげに手が離されて、獅苑の姿が扉の向こうに消える。思わず右手で左手を包み込んで、里珠は息をついた。頬の辺りがひどく熱いことが自分でも分かる。あの獅苑の笑みは、里珠の顔が赤くなったことを見てのものに違いない。
 めったに触れてくることなどないから、こういうとき逆に里珠はひどく動揺する。
 とりあえず寝坊だけはできないからと寝台に向かった。しかし、相変わらず里珠の心臓はせわしなく鼓動しっ放しで落ち着かない。
(うう、困った……)
 とにかく静まれと、里珠は寝台にもぐりこんで祈るしかなかった。




 何とか寝坊だけは避けられたらしい。侍女の声で里珠は目を覚ました。余裕を持って起きられたようで、準備してもらったものを身につけていく。
「あの、里珠様、頼まれたものはこれでよろしかったでしょうか?」
 その声に里珠が振り返ると、侍女がいくつかの品物が並んだ銀盆を持って立っていた。里珠が言付けておいたものはすべて揃っているようだ。
「ええ、それでいいわ。ありがとう」
 里珠は侍女に頷いてみせてから、寝台の上に置いてあった小袋を手に取った。盆の上に乗っているものをそちらへ移していく。里珠が作っていたのはこの袋で、急いでいたせいなのか最後の仕上げのときに針を刺したのだった。
「あの、それは……」
「そんなことなんてないとは思うけれど、万が一と思って。ないよりは用意してあった方が安心でしょう?」
 不安げな様子の侍女に笑顔を見せて、里珠は腰帯に小袋を結びつけた。

 里珠の周囲には竜族の中でも最強と呼ばれる精鋭部隊が控えていて、何より一番近くには『龍神』がいるのである。本当ならこの小袋の中身など、持たなくともよいのかもしれない。
 けれど、今まで常に非常時を想定しながら魔物退治をしてきた里珠にしてみればそれがあるだけでも安心感が違う。
 それを獅苑に申し出たとき、彼は複雑そうな表情をしながらも里珠の主張を認めてくれた。――あるいは、備えあればとでも思ったのかもしれない。

 姿見の前に立って自分の様子を確認する。革鎧をまとった里珠の胸元にはすべての源である竜珠が煌めいている。それを確かめて、里珠は首周りを隠すようにマントを羽織った。
「じゃあ、いってきます」
 侍女に部屋のことを任せて、既に準備が始まっているだろう城の中央広場へと向かう。

 里珠が辿り着いたときには兵士達が揃い出立の手筈を整えているところだった。その中心で副官とともにあちらこちらに指示を出していた獅苑は、里珠に気付くとわずかに表情を和らげる。
 整然と居並ぶ飛竜と竜騎兵、そしてその他の兵士たち。命じられている通りに、里珠は獅苑の飛竜の隣へ並んだ。里珠の居場所はそこと決まっている。
 里珠が傍に行くと、飛竜はとても機嫌よさそうに里珠に擦り寄ってきた。竜珠の力というのはよく伝わるのだろう、周囲の竜たちも各々里珠に視線を向けてくる。それでも訓練されているだけあって、今いる場所から動き出すようなことはない。

 兵士たちがそれぞれの場所へ散らばり、最後に獅苑が里珠の隣へやってくる。獅苑に手を引かれて里珠は飛竜の背に難なく上がった。顔を上げた真正面には、城を護る兵士たちと見送りに出てきた国王夫妻が控えている。
「――出陣!」
 遠くから響いた副官・霞炎(かえん)の声に呼応して、次々に飛竜が空へ舞い上がっていく。
「行くぞ」
 獅苑はそれだけをいい、勢いよく手綱を引いた。 翼から風が生まれ、里珠の身体は飛竜とともに空へ舞い上がる。もうすっかり慣れたものだけれど、里珠はバランスを崩さないように獅苑の背中にしがみついた。
 目指すは王都の北――街道からわずかに外れた場所。
 ――そういえば、そんなに昔のことではないけれど、獅苑と初めて出会った時も北の街道を魔物が襲っていたのだ。といっても、王国内に満遍なく出現するようになった現状を考えれば、特別何か、ということもないだろう。
 やがて、北の大地へと続く道が眼下に広がり、目的地が見えてきた。




 里珠は深く息を吐くとあたりを見回す。今のところ周囲に魔物の姿は見えない。
 しかし、胸元の竜珠ははっきりと魔物の存在を知らせていた。潜みやすい木々の向こう、茂る草原の影、転がる岩の隅、あるいは丘の盛り上がる土の下――。あいかわらず、ちりちりと焼けるような感覚は慣れることがない。
 背後にある森に竜族たちが隠れているのだとわかっていなかったら、完全に囲まれているという現状に耐えられそうにない。

 作戦はいつも通り。里珠が囮をつとめ、できるだけ魔物たちをおびき出したところで気配を消し隠れていた兵士たちが突撃する。獅苑をはじめとする飛竜部隊はできるだけ遠ざかったところで待機し、戦闘の始まりと同時に戻ってくるのだ。そして里珠は彼らの邪魔にならないよう後方へ退避する。
 魔物たちにとっては、潜んでいる竜族の気配よりあからさまに発される竜珠の存在の方が感知しやすいらしい。幸いにもこの作戦は今まで何度も成功を収めている。
 ――いずれはこの方法も通用しなくなるだろう、というのが獅苑の考えであるようだったけれど。

 魔物の気配はほとんど動く気配がなかった。もうすでに睨み合いのまま数分経過している。
 なんとかして状況を動かさなければならない。魔物たちに、里珠を襲ってもよいと思わせない限り、彼らは動かないだろう。それなら――。
 里珠は構えていた槍をわずかに動かし、視線を巡らせた。
 一番近い魔物の気配は、ほんの二歩ほど踏み出せば槍が届く地面の下にあった。おそらくは爬虫類に似た魔物で、動き出せば里珠の足をつかんで引きずりこもうとするだろう。一度やられて手痛い思いをしたのでさすがに覚えている。
 里珠は思い切り槍を翻すと、勢いよく間合いを詰めた。
「……そこっ!」
 勢いよく穂先を土に叩き込む。手ごたえは魔物が動いたせいだとわかる、やわらかな土だけだった。
 同時に里珠を取り囲むあちらこちらで影が動き出す。まんまと引っ掛かった、と里珠はわずかに笑みを浮かべると素早く槍を引き抜き後退した。あまりぐずぐずしていると、先ほどの魔物につかまってしまう。
 魔物の気配を感じ取れる里珠であれば、隠れている魔物の急所を突くのはそれほど難しくない。だが実際に魔物を仕留めてしまえば槍を取り戻すのに手間取るから、今狙ったのは魔物からわずかにずれたただの地面だったのだ。
 里珠の行動に触発され、魔物たちがわらわらと姿を現す。こうなれば、あとは里珠の出番ではない。里珠は勢いよく振り返ると、竜族たちが待つ森へと駈け出した。

 森の奥で声が上がる。隠れていた竜族の兵士たちが、里珠と入れ替わるように飛び出し、魔物へ向かっていった。彼らが動いたことに気づけば、あとは飛竜たちも戻ってくるはずだ。魔物たちに恐れられる『龍神』――獅苑が戦闘に参加すればあとは勝ったも同然。
 できるだけ森の方へ近づいて、里珠は戦況を見守る。兵士たちが壁になり、魔物たちは里珠に近づくことはできないから、あとは安心していていい。いつも見ていて思うけれど、魔物討伐の精鋭である彼らの動きは洗練されていて無駄がないと思う。
 里珠が気をつけるとすれば、別方向から忍び寄ってきていた魔物がいた場合だ。これは兵士たちが庇うわけにはいかない。だからこそ里珠は戦う力が必要で、彼女のための鎧が用意されているのだ。常にできる限り戦いやすい位置に魔物を引っ張り出すようにはしているけれど、それでも勘が働いたり、たまたま引き寄せられてきた魔物が現れることもあるから。
 槍を構えたまま、魔物の気配がないかどうかを確かめている里珠の頭上に影が差す。――獅苑を先頭に、戻ってきた飛竜たちだ。

 総攻撃をくらい、魔物たちは勢いをなくしていく。里珠が見ている限り、あとものの数分で決着がつきそうだった。
(思ったより呆気ないような……)
『魔物の巣』は新しいものが発見される度、進化を遂げていることが多い。魔物たちも強く、兵士たちも重傷を負うほど戦いも厳しくなっていたのだ。だが。
 今回の戦いは、あまりに呆気なさすぎやしないか。見れば、兵士たちのほとんどが全く無傷だ。飛竜たちが現れた頃には半分ほどの魔物が倒されていて、明らかに魔物の強さが違う。
 里珠は何となく嫌な感覚がして、まだ完全に魔物は倒れていないけれど兵士たちの方へ近づくことにした。これで終わるはずがない、何かありそうな気がする。少しでも彼らに近い所にいた方がいい。
 そう思い数歩踏み出すと、突然足元の手ごたえが消えた。
「え……」
 正確には、柔らかい砂に足が埋まるように沈んだ。とっさに魔物に引きずりこまれるのかと思ったが、あの時とはまったく感覚が違う。
 慌てて里珠が見下ろすと、何とも奇妙な感覚に陥る。
 里珠の目に入ったのは、深淵に落ちていくかのような穴。そして何もない空虚な闇。
(落ちる……!?)
 支えがなくなって、里珠の身体は下へと沈んでいく。
 どこかで見たことがあると必死になって探し、それがかつて見た遠く離れた場所を繋げる空間の歪みだということに気付いたとき、里珠にできたのは手に持った槍と腰に止めておいた革袋を必死に押さえておくことだけだった。
「里珠!?」
 遠くに、獅苑の声を聞いたような気がした。





 獅苑が異変に気づいたのも、ほぼ同時だった。
 今まで簡単には終わることのなかった魔物との小競り合い。それが、今回は呆気なさすぎる。これはきっとまだ何かある――と獅苑は地上を見下ろした。
 離れたところにいる里珠を見つけると、獅苑は彼女を拾うべく飛竜を降下させる。
 里珠も何かに気づいたのか、兵士たちがいる方へ歩き出していた。注意をこちらへ向けさせようと名を呼ぼうとして――。

「里珠!?」
 突然のことだった。里珠のいた場所が、陥没するように『落ちた』。
 空間の歪みだと瞬間的に気付いたときには既に遅く、飛竜を滑空させ獅苑が伸ばした手はまったく里珠に届かなかった。
 つかもうとしたときには、すでに彼女は地面の穴に落ちたかのように消え失せていたのだ。
 そこにいた一人の人間を除いて元に戻った空間。最初から、誰もいなかったかのような静謐さだった。
 まったく同時に獅苑の背を悪寒が襲う。
 一瞬の動揺に揺らいだ飛竜は、すれすれのところで高度を戻し勢いよく空へ戻る。旋回し、獅苑がもう一度先ほどの場所を見直しても、里珠の姿はどこにもなかった。
 ―――どこに行った!?
 焦りとともにさらに高度を上げて、遠くまでも見渡してみるが、人らしき姿も魔物の姿も見えない。里珠だけがどこかにいってしまったのだった。

 竜珠。魔物にとっては自分たちの糧となり、竜族の力を削ぐものになる。
 竜珠を持つ姫はその伴侶たる竜族が傍にいて護らなければならない――。
 そして、最大の問題は、常に傍にいることが前提となる竜珠を離れていても感じ取れる術を、獅苑たち長の一族は持たないということだ。ただ一人――力の強い巫女であり彼らの兄弟である桜華(おうか)を除いては。
 先ほどのは確実に空間の歪みだ。西南地域と北の街道をつないでいたように、遠く離れている場所をつなぐもの。つまり、里珠はどこか遠い場所へ連れて行かれたのか。
(これが狙いか……!)
 竜珠を護りのないところへ連れ出すこと。これが相手の狙いだったのかもしれない。つまりは狙ったところに空間の歪みを出現させることができるということなのだろう。
 いくら里珠が武装して武術を修めているとはいえ、一人きり、しかも魔物の只中に放り込まれれば、ただでは済まない。しかも、それがどこかわからないとくれば――。

 眩暈さえ起こしそうな気がして、獅苑は飛竜の上で必死に体勢を立て直す。
 里珠が消えたことで明らかに動揺している兵たちの前で、まさか『龍神』たる自分まで倒れるわけには行かなかった。兵士たちも気づいているはずで、場合によっては彼女が消える瞬間を見ているかもしれない。
 ふと見えた副官に、獅苑は何とか笑いを返した。ただ、それがひきつっていることが自分でもわかる。
 兵たちの前に降りる前に、なんとか動揺を抑えなければならない。少なくとも、自分が長として導けなければどうしようもない。
 獅苑は必死になって焦燥を抑え込んだ。


 竜珠は竜族の心と力と命の一部。それを受けた竜珠の姫は、彼の半身だ。その存在が不確定になるということは、均衡が崩れるということ。
(里珠、どこにいる……!)


2008.10.20

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