聖剣3 カップリングなし

Chocolate rhapsody




 目の前に出された皿の上に載っている切り分けられたチョコレートケーキに、ケヴィンが暖炉の輝きとは無関係に瞳を輝かせたのを見て、デュランはほっとした。
 他の客がいないのをいいことに、暖炉の前のソファとテーブルを陣取って、三人はケーキを広げたのだ。
 早速ケヴィンがフォークを手に取り、チョコレートケーキを頬張る。
 その途端に満面の笑みになった。
「デュラン、これすごく美味しいぞ!」
 そのままぱくぱくと食べ始める。心の中で安堵の息を吐いたものの、目の前で展開される光景に、デュランは思わず少し離れたところで紅茶を入れているリースに声をかけていた。
「……リース、早くしないとケーキが全部なくなりそうだぞ」
 デュランの声に顔を上げたリースは、ケヴィンの皿が数瞬のうちに空になっているのを見て笑う。
「あら、本当ですね」
 三人分に切り分け、台所を借りた礼に宿屋の主人夫婦に差し入れた分を除いても、まだ半分ほどは残っているケーキだが、ケヴィンはそれを切り分けるデュランの手元をじっと見つめていた。
 このままでは夜も更けないうちにこのケーキは跡形もなくなりそうだった。
 二人の前に紅茶のカップを並べた後、リースは自分の分の紅茶を持って、既にケーキが置かれているデュランの隣に腰掛ける。
「じゃあ、私もいただきますね」
「……どうぞ」
 渡された新たなケーキにがっつくケヴィンを呆れて眺めていると、リースが声をかけてきた。デュランが応じると、リースはフォークで小さくしたものを口に入れる。
 リースがデュランを手伝ったというよりは、デュラン『が』、リース『を』手伝った、という感じなのではあるが。
「おいしいですよ、デュラン。食べてみたらどうですか?」
 リースは満足そうな笑みをデュランに向けた。
 そう言われてデュランもフォークを手に取り、自分の分のケーキを一口放り込む。チョコレートとクリームの味が口いっぱいに広がった。
 ……悪くはないようだ。
 デュランはもう一度安堵の息を吐く。今度は心の中ではなく、実際に。
 そのままケーキの皿を置き、紅茶のカップを引き寄せて口に含む。ほとんど砂糖が入っていないようだ。甘いケーキと一緒に食べるにはちょうどいい。
「リース、このお茶、美味しい」
「ありがとうございます。いっぱい食べてくださいね、たくさんありますから」
 ね、デュラン、とリースがデュランに目を向ける。デュランも口元に笑みを浮かべて頷く。何度も首を縦に振って、ケヴィンはまたケーキ皿に顔を埋めた。
 喜んでもらえるのは、やっぱり嬉しかった。文句を言いながらも、作ってよかったと心から思える。
 その夜は暖炉の火が消えるまで、三人の声がその場所に響いていた。



 翌朝。
 慣れないことをしたせいか、デュランが目を覚ましたとき、陽は随分と高く昇っていた。
 隣のベッドにケヴィンの姿はない。既に起きて、下にでもいるのか、それともまた庭の雪で遊んでいるのか。
 手入れのされていない髪をかき上げながら窓辺に立って外を見ると、下に見える庭と石畳は真っ白く染まっていた。太陽の光を受けてきらきらと煌めいている。ケヴィンの姿はない。
 随分と積もったようだ。空は晴れ上がり、太陽が眩しいほどだが、今日一日では溶けきらないだろう。
 顔を洗って、身なりを一応整えると、デュランは一階に降りた。
「あ、デュラン、おはよう」
 暖炉の前のソファにケヴィンが座っていて、デュランに気付くと大きく手を振った。
「おはよう。リースは起きてるのか?」
「うん、起きてるよ、オイラ挨拶した」
 ケヴィンはそう言ったが、すぐ見えるところにリースの姿はない。
「デュラン、昨日のケーキ、とっても美味しかった」
「そりゃよかった。何しろ初めて作ったからなぁ」
「また、食べたい」
「……それは機会があったらな」
 内心引きつりつつデュランは答えた。その背中に声がかけられる。
「おはようございます、デュラン。ずいぶんゆっくりでしたね」
 デュランが振り返ると、そこにリースが立っていた。何故か手を後ろに回している。
「ああ、おはよう。珍しく起きれなくてな」
 フォルセナに仕えていたときから欠かさなかった日課の素振りのため、デュランは三人の中で一番の早起きである。その彼の影響か、こうして休息をとったときも、三人とも朝は早かった。
「……リース、何か後ろに隠してる? いい匂い、する」
 ケヴィンが鼻をひくつかせる。リースは彼に向き直ると意味ありげに笑った。
「何だと思います、ケヴィン?」
「ええと、……お菓子かな。少し、甘いにおい」
「正解」
 にっこり微笑んで、リースは後ろに回していた両手を前に出した。
 それぞれの手に乗る、外に積もる雪と同じ色をした少し大きめの袋。口はリボンを結びきっちり止めてある。片方はよく晴れた夏の海の色、もう片方は花びらの散った後の葉桜の色。
「今日はバレンタインですから、私から二人にプレゼントです」
 好きな方を選んでください、とリースが両手をケヴィンに差し出すと、ケヴィンはしばらく迷った後、海色のリボンのついた袋を選んだ。
 デュランは必然的に緑色のリボンのついた袋。
 袋からわずかにこぼれ出る匂いに誘われたのか、ケヴィンは袋を手にした途端にリボンを引き解いて袋を開ける。
 そこから溢れた甘い匂いを、今度はデュランも感じ取ることが出来た。
「……クッキーだ!」
 ケヴィンが目を輝かせる。デュランがその手元を覗いてみると、袋の中に見えるのは、星型やハート型、様々な形をしたクッキー。チョコレートなどのトッピングはないが、美味しそうだ。
「チョコレートは昨日食べてしまいましたから、クッキーにしてみたんです」
「リース、これ……」
 デュランは思い当たった。昨日ケーキの材料を買った後、彼女が再び戻ったのは。
 これを作る材料を買うためだったのだと。
「作るばかりじゃつまらないと思って。もちろん、私なんかが作ったので良ければ、ですけど」
「いや、すごく嬉しい。……ありがとう」
 デュランが口元を緩めて言うと、リースも笑みを浮かべてデュランを見つめ返した。
 手元にあるクッキーの詰まった袋が、やっとの思いで見つけた宝物のように見えてくる。
「じゃあ、早速頂こうかな」
 空腹の身にこの匂いを黙ってかぎ続けるのはなかなか辛い。
 デュランが呟くと、リースはぽんと両手を打って提案した。
「それなら、せっかくですから、私、お茶を入れましょうか」


「美味しいですか?」
 辺りに満ちる甘いクッキーの匂いと、心が落ち着くようなハーブティーの香り。
「うん、美味いよ」
「とっても美味しい!」
 外は一面の雪。穏やかな日差しが降り注ぐ。
 先は長いであろう辛い旅路を、今はほんのちょっとだけ忘れて。
 穏やかな時間の中で、お茶会はまだまだ続きそうだ。


 Happy valentine for you . Have a nice time !



デュラリーテイストなおまけはこちら


END
2003.2.14


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