聖剣3 カップリングなし

Chocolate rhapsody


おまけ



 フォルセナに数年ぶりの大雪が降った日。
 バイゼルの大通りに生鮮食品を扱う店を構える女主人は、雪のせいで客足が途切れたのを機に、たまたま通りがかった顔馴染みの中年女性と店先で世間話を始めていた。
 また野菜が値上がりしたわね、隣の家の娘さんが結婚するんですって……。
 近所の噂話やら、日々の生活の愚痴やらをとめどなく話し続けていく。
 その店の斜め向かいは菓子店で、この雪に関係もなく若い女性たちがひっきりなしに出入りしており、客入りは上々のようだ。バレンタインのせいだからして、仕方ないことであるが。
 羨ましいことだわねぇ……とそこへ視線を向けた女主人は、その店の前に一人の青年が立っていることに気付いた。
「あら……」
 思わず声を上げ、話し相手の中年女性も女主人の視線を追う。
「まぁ、珍しいわねぇ、あんなところに男の人が」
 濃茶色の髪を無造作に伸ばした青年は、片手に少し大きめの茶色の紙袋を抱え、さらに小さな包みを持って店の前に立っていた。ぼんやりとその瞳を雪が舞い散る空に向けている。時折髪や紙袋に積もる雪を払っては、自分の背中側にある窓から店内を覗いているようだった。
「誰か待っているのかしら、あんな大きな荷物を持って」
「恋人かしらねえ」
「あら、恋人なら、あんなところで彼氏を待たせたりはしないでしょう? 買出し帰りのご夫婦なんじゃなくて?」
 この国では良く見かける、眉の太い精悍な顔つきの青年である。わりと顔立ちは整った方であるようだ。フォルセナの英雄王に仕えるという騎士団の鎧を身にまとえば、貫禄は若いながら十分あるだろう。
 好奇心丸出しで、彼について想像し、二人は話に花を咲かせる。
「でも、この辺じゃあ見かけない顔ね」
「あら、バイゼルはこの辺じゃ一番商業が盛んでしょ。マイアとかフォルセナからでも来たのではない?」
 からんっ、と遠くから音がして、店から一人の女性が―――少女といってもいいかもしれないが―――、青年より一回り小さな紙袋を抱えて勢いよく飛び出してきた。
 蜂蜜色の流れるような髪を腰まで伸ばした女性である。その人が出てきたことに気付くと青年は少し表情を緩めて彼女に向き直った。
 何事か話しており、女性は手を振って何かを遠慮したようだが、青年は彼女の手からひょいと紙袋を奪い去る。慌てた様子の女性は青年の腕をつかんで何事かを早口で言った。
 話がついたのだろう、青年が小脇に抱え直した小さな包みを女性に渡すと、彼女は満足そうな表情をして、二つの袋を抱えて歩き出した青年を追う。
 ごく当然のように、女性はぴったり青年の隣を並んで歩く。何事か談笑しながら、二人は観察者二人の視界から外れていった。
「やっぱり、あれだけの買い物量、ご夫婦じゃないかしら」
「お若いわね、お子さんに何かお菓子でも作ってあげるのかしらね」
「でも、さすが旦那さんね、当たり前のように荷物を持ってあげて」
 懐かしいわねえ、私たちにもあんな若い頃があったわねぇ……、と結婚暦の長い二人の女性は自分の若い頃の姿を思い出したのだった。



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