聖剣3 デュラン×リース

物語より切ない


3.運命の日―――3日前。



 招待状がそれぞれの国に届いただろう頃から日も経たないうちに、ケヴィンがやってきた。
 あいつは、怒っていた。
 なんでだって、怒鳴ってきた。
 俺のことを、本気で考えてくれているからだろう。
「リースのこと、大切にするんじゃなかったのか!?」
 二年の間に、あいつ、そんなことまでわかるほどに成長してやがった。
 だが、俺はあいつに何も答えなかった。
 たぶん、当日だって、殴りかかるくらいのこと、してくるだろう。
 けれど、俺はケヴィンほど純粋じゃいられない。
 そういや、ウェンディにも言われたな。
「お兄ちゃん、今まで世界のためと国のために頑張ってきたじゃない。
 こんなときくらい、自分で決めたって、誰も責めることなんてできないはずだよ?」
 一言だって、話したことないはずなのに、気づいてたな、いつのまにか。
 そう、だから、俺の生き方は俺が決める。
 たとえ誰に言われても、誰を不幸にしてでも、もう考えは曲げない。
 そう決めたんだ―――。



(憎たらしいくらいいい天気でちね……、世界中お天気なんでちかね)
 もしかしたら、彼女の頭上にある空も、そうなのかもしれない。
 ―――それなら、彼の頭上は?
 ふっとそんな思いがシャルロットの心をよぎる。
 誰の心を映しているのか雲ひとつない青空を見上げ、そして下を見下ろした。
「準備は順調みたいでちね」
 バルコニーから城の中庭の様子を見ながら、シャルロットはすぐ横の茶色い髪を風に遊ばせる青年に声をかけた。
「ああ。することがなくて、俺の方がまいっちまうぜ。城の警備も休みにされるし」
「……そりゃ、あんたしゃんは主役なんでちから……」
 デュランは首だの指だのの関節を鳴らしながらそう言い、シャルロットは呆れたような声を出した。どうも根っから活発な彼は、暇を持て余しているらしかった。
 結婚の儀は3日後に迫っている。新郎であるデュラン、新婦であるアンジェラともにフォルセナ城にそれぞれ一室を与えられて、儀式に備えているのである。しかし、採寸だの装飾だの髪型だの準備のある女性側に比べ、男性側は時間が有り余る。そのせいで暇を持て余しているのだ。
 シャルロットは早々とフォルセナ入りし、何度かデュランやアンジェラのもとを訪れたり、観光に勤しんだりしていた。そして、今日が何度目かのデュランの部屋への訪問だったのである。デュランは暇潰しになるなら誰でもいいのか、いつも快く迎えてくれていた。
 二人並んでいる姿は、兄妹そのものである。デュランの背丈は旅の間と特に変わったところはないし、シャルロットもそんなに代わり映えはしない。年が二つ違いだと言っても、おそらく初対面の者なら誰も信じないだろう。
「……ずっと、聞きたいと思ってたんでちけど……」
「何だ?」
 シャルロットは改まった口調でデュランに声をかけた。
 本当は聞かないつもりだった。彼がそう決めたのなら、黙っていようと。
 けれど。
「あんたしゃんは、これでいいんでちか?……もう、後戻りはできないんでちよ?」
 自由都市マイアの、そしてフォルセナの城下町のあの賑わいを見て、思ったのだ。
 世界中が、この結婚式を望んでいる。それは事実だ。
 マナをなくしつつあるこの世界がこれから先生きていくためには、互いが協力し合うことが必要だ。この結婚は、その大きな礎となる。
 だからこそ、これは、彼が望んだことなのかと、確かめたかった―――。
「……何が聞きたい? これは俺が決めたことだ。誰かに強制されたわけじゃない」
「それは、真実なんでちね?」
 シャルロットの真剣な問いに応えるように、デュランも真剣な表情で応じた。
「ああ……、間違いなく、真実だ」
「そうでちか……、なら、いいでち」
 彼の言葉に偽りはない。それはよく理解できた。
 わかってはいたのだ。あんな問いを突きつければ、彼があんな反応を返すだろうことは。
 だけど、だからこそ、聞かずにはいられなかったのだ。
 ふと会話が途切れ、沈黙が二人の間に流れた。
 その沈黙が、しばらく続くかと見えたとき、ふと、デュランが口を開いた。その視線は、遠く彼方へ投げかけられていた。
「なあ……、シャルロット」
「なんでちか?」
「……死んだ後に行く世界が、あると思うか?」
「……は?」
 予想しない話題を投げかけられ、シャルロットは一瞬凍りつき、そして考えた。
 ―――死後の世界。
「―――そうでちね……。あるかどうか、本当のところはよくわからないでちけど……、でも、あっていいんじゃないでちかね?」
 否、―――むしろ、在ってほしい。
(ああ、そうなんでちね、デュランしゃん……)
 貴方の望みとは―――。
 ふと、シャルロットは自分とデュランとの共通点を見つけた。見つけた途端に、何故か彼の気持ちがとても良く理解できて。
 今まで彼と彼女をそうしてきたように、これからも見守っていこうと、決めた。
「そうか……、そうだな」
 ふっと、デュランの表情が緩む。どこか救われたような。そして、次の瞬間、何かを決意したような表情に、変わる。
「フラミーを貸してほしい……どうしても行きたい場所がある」
 風の太鼓は、シャルロットが持っていた。フラミーを呼ぶには、彼女に頼むしかない。
「……それは、『今』じゃないと、いけないんでちね?」
「あぁ……」
 シャルロットは持っていた手荷物を漁る。
 なんていう偶然なのだろう。今日に限って、今、手元にあるなんて。
 もしかしたら、偶然ではないのか。すでにわかっていたのか。
 彼がどんな決意をしているのかを。
「いいでちよ……ただし、シャルもついていくでち。それでいいなら、今すぐ貸すでちよ」
 どこへ行くのだとしても、最後まで見届ける。
 それが、あたしの役目。

 そして、しばらくして、フォルセナの城壁の外に、フラミーの鳴き声が、響いた。



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