聖剣3 デュラン×リース

ちょっとだけfall in Love




 おや、お兄さん。何をお探しだね?
 そう、ここは薬屋さ。
 お探し物は傷に効く薬草かい? それともどんな毒でもたちまち消える毒消し草?
 腹痛から頭痛から、どんな薬でもそろってるよ。
 恋の悩みに効く薬もね。
 え、冗談だろうって? そんなことないさ、まあ、入ってくるのはごくまれだけどね。
 深い深い森の奥の、たった一本しかない不思議の木にしかならない果実の絞り汁からつくった、効果抜群の惚れ薬だよ。
 量は少ししかないけど、ほんの一口分あれば充分。なんたって、ほんの一口飲んだだけで、最初に見た異性に恋をしちまうのさ。
 え、原材料が嘘臭い? あはは、確かにね、深い深い森なんて、どこにでもあるしねぇ。
 まあ、信じる信じないは勝手だね。
 買う? 何だ、お兄さん、やっぱり興味あるんじゃないのさ。
 他にあれとこれとそれ? 10個ずつ? あらあら、ありがとうね。
 じゃあ、サービスしたげるよ。もともとただ同然で入ってきてるし。
 その惚れ薬の分、まけたげるよ。
 はい毎度あり、健闘を祈るよ!




 それはなんでもない、ごく普通のマナの休日の午後。
 街の入り口近くにある宿屋に弾んだ歩みで向かう一人の少年の姿があった。年の頃、16、7歳。黙って立っていれば、もう少し年上に見られそうな整った顔立ちだ。
 ただ、今はやけに嬉しそうに―――いや、にやけてるとも言えるかもしれない―――スキップして歩いているため、妙に子供っぽくも見える。
 そのポケットには、手のひらに軽く隠せるほどの小瓶。
 軽くコルク栓がしてあるだけのその瓶は、少年の動きに合わせ大きく揺らぎ、今にもこぼれそうな勢いで液面が波立っているのだが、それは少年にもわからないことだった。
(面白そうなものを手に入れちまった、やっぱこういうのは使ってみないといけないよな♪)
 



 戦いの連続で疲れきった体を癒すために、フェアリーに選ばれたマナの剣を抜く勇者を抱く若者6人は、とある街で宿を取り、久しぶりの安息に身を委ねていた。
 団欒室のソファに座り、デュランはたまたま室内で見つけた面白そうな本に目を通していた。
 その向かいには同じく室内で見つけたチェスに興じているアンジェラとシャルロット、そして駒が動くたびに眉をしかめ不思議そうな顔をしながらそれでも一手一手を眺めているケヴィンがいた。
 始めはそれぞれの駒について二人が説明してくれていたのだが、負けず嫌いの二人のこと、すっかり夢中になってしまい、いつの間にかケヴィンは蚊帳の外になってしまったらしい。
 彼らは久しぶりに穏やかな時間の中に居た。
 チェスに興じる女性二人、それを眺める少年一人に時々目を走らせながら、それでも本を読み続けるデュランの後ろに、ふと気配が現れた。
「みなさん、お茶にしませんか?」
 見上げれば、ソファの後ろに、湯気の立ったティーカップを乗せた銀盆を持ったリースが立っていた。
「リース。悪いな」
「いいえ、どうぞ」
 デュランはリースから差し出されたカップを受け取り、更に銀盆を受け取って、テーブルの上に置く。見れば皿に綺麗に並べられたクッキーも乗っていた。すかさずテーブルの向こう側から手が三つ伸びてカップとクッキーをさらっていく。
 銀盆には半分ほどのクッキーと紅茶のカップが二つ残される。デュランはそのうちのひとつをリースに渡した。残りはひとつ。
「このクッキー、あまり甘くないですよ」
 よかったら食べてみてください、とリースはにこやかに言った。久しぶりに趣味の菓子作りができた彼女はどことなく嬉しそうだ。デュランはああ、そうすると頷いた。
「そういえば、ホークアイはどうしたんです?」
「ああ、あいつだったら、買い物しに行くとか言って、外に出かけたわよ。買出しもしておくって」
 クッキーに舌鼓を打ちながら、アンジェラが答える。
「たっだいまー♪」
 その彼女の答えから間もなく、どこか不自然なほどに明るい声が響いて扉が開かれ、話題の青紫の髪の少年が姿を現したのだった。


「おおっ、いい匂いだね」
「クッキーを焼いたんです、紅茶もありますよ」
「ちゃんと俺の分もあるの、流石リースだね~」
 言いながら、リースとデュランの間からテーブルを覗き込もうとホークアイは弾んだ足取りのまま部屋に踊りこんだ。
 

 それは自然の意思か、それとも女神のほんのちょっとした悪戯心か。


 いつも動きの華麗さで売る彼が、そのときは何故か。
 やや老朽化してはがれ、浮き上がった床板の角に。
 見事なまでに足を引っ掛けて。
 思い切りこけて、ソファの後ろ側に突っ込んだのだった。


 弾みで手に持っていた小瓶が宙を舞う。
 それは、中身を撒き散らしながら、ソファに座るデュランと、その手元の本を興味ありげに覗き込むリースの上に。


 落ちた。


 瞬間、紅茶とクッキーの香ばしい匂いを打ち消すほどの甘ったるい香りが室内全体に広がった。
 その匂いは確かに甘いけれど強烈で、その効果といったら、ゲームにすっかり熱中していた三人が何かあったと瞬時に悟るほどで。
 当然、それを直撃させられた二人は言うに及ばず、何があったのかも理解できずに固まっていた。
 二人が動いたのは実に数十秒後。
「おい、何なんだよ……!」
「な、なんですかこれ……」
 顔を伝う液体を拭いながら、二人はやや文句を滲ませた口調で顔を上げる。
 と。


 まずい、殺されるよくても半殺しだ、と脂汗をかきながら顔を上げたホークアイの表情がそのままで凍りついた。
 彼の見たものは。


 デュランとリースの視線が、お互い強烈な匂いの原因をぬぐったまま、絡み合っていた。


「ああっ!?」



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