聖剣3 デュラン×リース

ちょっとだけfall in Love




 空間を引き裂くようなあまりに切ない悲鳴を上げながら、ホークアイはデュランの両肩をつかみ必死に揺らした。
「おいっ、しっかりしろ、正気に戻れ!」
 俯いて瞳の見えないデュランは、しばらく黙っていたかと思うといきなり肩を揺らすホークアイの腕をがしり、とつかんだ。澄んだ、だが怒りに煮えたぎる瞳がホークアイをにらむ。
「何を言ってるのかわからんが……いったいこれは何のつもりだ?」
 もう片方の手で自分の頭にべっとりついた正体不明の液体を指差す。
 ホークアイはあれ?という顔をした。
「お前、なんともねぇの?」
「これのどこが何ともないってんだ、これのどこが!」
「いや、だってさ……」
 お前ら、見つめ合ってただろ……??
 予想外の展開に、ホークアイは安堵とも失望とも取れない気持ちになった。
「本当、どうするんですか、これ……」
 その横で、丁寧な口調は保たれているのにどこかひんやりと冷たい声が響く。ぎくり、とホークアイが硬い動きでその方向へ体の向きを変えると、そこにはデュランと同様頭から液体を滴らせたリースが、無残にも汚れた本を手にして立っていた。
 それは、団欒室に置かれていた本。いくら何度も読まれてぼろぼろになっていたとしても、宿屋の備品の一部である。
 壊したり、汚したりすれば、弁償の対象。
 この調子ではテーブルやソファにも被害が広がっているに違いない。現にソファの向こうでは、三人がゲームそっちのけで、ケヴィンが汲んできた水を使ってぼろ布でテーブルを拭いたりソファを叩いたりしている。
 流石に面白半分で傍観を決め込む気にならなかったのは、立っている被害者二人の殺気とも呼べるほどの尋常でない気配のせいで間違いないだろう。
「ホークアイが責任を取ってくれるんですよね?」
 語尾は上がっているものの、明らかに強制するような怒気をはらむ言葉に、ホークアイはこの場を丸く治めようといういつもの行動も働かない。
 本の汚れたページを差し出しながらにっこり笑うリースの笑顔が止めを刺した。




 デュランとリースが髪にしっかりついてしまった液体を洗い流しに行き、その場には四人が残された。
 ソファやテーブル、床は迅速な対応もあり染みなどこぼれた証拠となるようなはっきりとしたものは残らなかった。全ての窓を開け放したため咳き込むような強烈な匂いも徐々に薄れていっている。
 興ざめしたのかいつの間にかチェスを片付けてしまった三人は、ソファに腰を下ろして、責任を取る前の最後の抵抗として本の汚れを懸命に落とそうと格闘しているホークアイを、紅茶を飲みながら眺めていた。
「あんたさぁ……、あの二人を怒らせるのだけは止めておきなさいよね」
 こっちにも被害がくるんだし、とアンジェラが愚痴を言った。
「いや、別にふざけるつもりはなかったんだけどな、ちょっと焦っちまって……」
「そういや、正気に戻れとか何とか言ってたわね、そんなにやばいものだったわけ?」
 はじめは黙っておこうと思ったのだが、ホークアイは気を取り直して、先ほど手に入れた惚れ薬の話をすることにした。信じていたわけではないが、多少期待していただけに、あれだけ何の反応もなかったので、少し拍子抜けしたのかもしれない。
「惚れ薬ぃ?」
 説明を聞いて、アンジェラは素っ頓狂な声を上げる。ケヴィンはシャルロットに「惚れ薬、って、何?」と尋ね、ご指名を受けたシャルロットを四苦八苦させていた。
「……でも、二人とも何にも変わった感じしなかったわよ。ほんとに惚れ薬なの?」
「ま、俺も信じたわけじゃないけどさ、おもしろそうだなーと思って」
 アンジェラは何かに気付いたように薄く笑った。
「ははーん、あんた、あれ本当はリースにでも使うつもりだったんでしょ?」
 ぎく。
 急にホークアイは手を滑らせ、本をさらに破りそうになって慌てた。
「え、いや、ははは……」
「へーぇ、確かに、そんなのでも使わなきゃ、何も脈なさそうだもんね、さすが王女様って感じで」
 一応、あなたも王女様なんですけど。
 喉元まででかかった言葉を飲み込んで、ホークアイはいつもの意地の悪そうな表情を浮かべる。
「またまた、そんなこと言っちゃって。アンジェラさんだって、あれに効果があったら、どこぞの騎士さんに使っちゃうでしょうに。あの人もつれない人だから」
「でも、結局効果なかったわけでしょうが」
 アンジェラは軽く笑ってあしらった。先ほどの二人の殺気を浴びたせいなのか、ホークアイの言葉に冴えがない。今回はアンジェラの勝利のようだ。


 

 昼の騒動はどこへ行ったのか、夕食が終わる頃には6人の雰囲気もすっかり元に戻っていた。団欒室で思い思いにソファに座り、テーブルを囲んでいる。リースだけはその場にいなかったが。
「結構美味かったな。あの野菜炒め」
「あら、あのデザートも結構よかったわよ。中に入ってるフルーツがまた美味しかったのよね」
「オイラ、全部美味しかった」
「シャル、お前好き嫌いいい加減直せよな」
「あんな苦いもの食えって言うんでちか!?」
 シャルロットはデュランに食って掛かろうとしたが、そのとき急にデュランが立ち上がり、団欒室の入り口へ向かったため、それは中断してしまった。
「どうした、デュラン?」
 不思議そうにケヴィンがたずねると、デュランはその答のように扉を開ける。その前には紅茶のカップを乗せた盆を持って両手のふさがったリースが立っていた。
「あ、ありがとうございます、デュラン」
 叩いて知らせる前に扉が開いたことに少し驚いたリースだったが、デュランの顔を見るとふんわりと笑って礼を言う。
「よくわかったでちね、リースしゃんがいるの……」
「なんとなくな」
 呆れたようなシャルロットの言葉に、デュランはなんでもないように答えを返した。
「でも、本当にいいタイミングでしたよ、扉の前に立った途端に開いたんです」
 それはたぶん、いつもだったら流してしまった出来事。けれど、今日だけは何故かとげのように刺さって頭の中に残った。
 ケヴィンだったら匂いでわかるだろう、紅茶を持っていればなおのこと。ホークアイだったら気配でおそらくわかるだろう。靴の音、カップのぶつかる音、そんなものだったら、デュランよりホークアイやケヴィンの方が、気付きやすいに違いない。
 何故。誰よりも早く気付いた?
 リースが紅茶をテーブルの上に置く。ごく当たり前に手が伸び、それぞれが適当にカップを取っていく。
 ホークアイも何気なく手を伸ばし、すぐ傍にあったカップを手にとって早速飲もうと口元に近づけた。
「……あっ、待ってください、ホークアイ!」
「はっ?」
 唐突に鈴を転がすような声で呼ばれ、ホークアイは間抜けな声を上げて動作を止め、声の主を見上げる。
「ごめんなさい、それは……」リースはホークアイの手からカップを持ち上げると、それをそのままデュランに渡した。「デュランの分なんです」
「……はい?」
 ホークアイはよく理解できず、カップを持った手の形のまま凍りついていた。我ながら間抜けな台詞だと思う。
「これだけ、デュラン用に作ったものなんです、他のだったらどれでもいいですから……」



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