聖剣3 デュラン×リース

ちょっとだけfall in Love




 一瞬、沈黙が落ちた。
 おいおい、ちょっと待て。
 ホークアイは口元を引きつらせ、何事か言おうとしたが、それより先にアンジェラが口を出した。少し口調が刺々しいのは気のせいだろうか。
「それって、デュランの分だけ特別に作ったってこと?」
「これだけ、砂糖も蜂蜜も入ってないんです。デュランって、甘いの駄目でしょう?」
 だから甘くないように作ったのだ、とリースは言った。
 他の五人は甘くても平気。デュランは甘い物は飲めないし食べられない。
 全員に楽しんでもらおうと思ったら、それぞれに気を遣うのは至極当然のこと。
 おかしいですか? とリースは不思議そうな顔をしている。
「あ、そういうこと……」
 アンジェラは気の抜けたような返事をした。彼が甘いものをだめということも実は知らなかった―――そういえば前、無理にケーキを食べさせようとしたことがあったけど、まずいことしちゃったわね。
「いつものことだろう、そんなに気にすることかよ?」
 紅茶をすすりながら、デュランも不思議そうな顔をする。
 ―――知らなかったんだよ。ホークアイは心の中で毒づいた。
 そうなのだ。いつものことと言われても、さっぱり思い当たらない。
 気付いていないだけだったのだろうか、それとも本当に惚れ薬のせいなのか。




「……わかってんの、あんたが余計なことするから、こういう気をもむようなことになるんじゃないのよ!」
 夜。日付も変わろうかという頃、団欒室にはまだ明りが灯っており、一応時間を考慮してひそひそと一組の男女が話をしていた。
「わかってるさ、おれだってこんな展開になるなんて思ってなかったよ」
 ふくれっつらをしたアンジェラと、少しげんなりした様子のホークアイである。
 二人ともすっかり疲れ果てていた。肉体的に、ではない。精神的に、である。
 結局、夜も更けてそれぞれが寝室に戻るまで、二人ともデュランとリースの一挙手一投足どころか視線の先までも気になり、少しも体を休めることができなかったのだ。
 確かに、いかにも惚れ薬を飲んだというような雰囲気はどこにもないのだが、それでも二人の様子に敏感に反応してしまう。
 それもこれも、最初に見た相手に惚れてしまうという、やけにいわくつきの惚れ薬のせいだというので、アンジェラはことの原因であるホークアイに向かって散々愚痴をこぼしていた、というわけであった。
「で、これからどうするつもりなのよ?」
 効果はいつまで続くの、解く方法はあるの……矢継ぎ早に質問を浴びせられ、ホークアイは更に縮こまる。デュランとリースを怒らせたらまずいが、アンジェラの機嫌を損ねても手に負えない、二度とするかとホークアイは心に刻む。
「う~ん、俺も詳しいことはよっく知らんのよね」
「はあっ!?」
「いや、惚れ薬って聞いて、冗談だろうけど面白そうだと思ったから、あんまりよく聞かずに来ちゃったんだよね。無料(ただ)だったし……」
 馬鹿じゃないの!? とアンジェラはますます表情を険しくし、ホークアイは冷や汗をかきながらたはは……と笑う。
 結局、明日になったら、ホークアイが惚れ薬をもらった店に行ってみよう、ということになった。今は真夜中であるし、なんとも仕様がない。




 次の日の朝。
 6人で遅めの朝食をとった後、ホークアイとアンジェラはリースが入れてくれたお茶もそこそこに例の店へと出かけることにした。
 あの二人が一緒に買い物!?
 見送りながらも驚愕する4人をとりあえず無視して二人は飛び出すような勢いで店へと向かう。
 頻繁に客が出入りする店では、惚れ薬を見せてくれた店員のおばさんがてきぱきと仕事をしていた。
 声をかけようとする前に彼女の方がホークアイに気付き、にこやかに笑いかける。
「あら、昨日のお兄さん。首尾はどうだったの? うまくいった?」
 噂好きのおばさんのような質問攻めを何とかいなし、ホークアイは惚れ薬の効果について訊いた。
「あの惚れ薬の効果……? そうねえ、噂では1日って聞いたことがあるわね。あの惚れ薬でずっとうまくいってる、っていう人を聞かないから、きっと効き目は短いんでしょうね」
 1日。
 きっかり24時間とすれば、効き目が切れるのは昨日とだいたい同じ時間だろう。
 礼をいい、店から出た二人の口から最初に出たものは、安堵のため息だった。
「もう、二度とこんなことしないでよ、ホークアイ」
「もちろん! 俺だって懲りたよ」
 やり取りしながら、二人はずいぶんと楽になった気分を抱えて宿屋へと戻る。
 そして、その宿屋の庭先では、軽装備のデュランとリースが鍛錬のためかお互いの武器を打ち合わせ模擬戦のようなことを行っていた。それをケヴィンとシャルロットが眺めている。
「あ、お帰りなさいでち」
「二人とも、帰り早い。何買ってきた?」
 武器を打ち合う二人の向こうにホークアイとアンジェラを見つけ、声をかけてくる。
 当人たちも気付いたのか、武器を振るう手を止めて、流れ出た汗をぬぐった。
「おかえりなさい、二人とも。早かったですね」
「ただいま。何してるの、せっかくの休養なのに?」
「1日武器を握らない日があると、体が鈍るんだよ。明日からまた戦いの連続だろうしな」
 デュランの言葉にホークアイもなるほどと頷く。
「だな、俺も手入れ位しておくかな」
 鍛錬をしていたのは『デュランとリース』なのだが、ホークアイもアンジェラも不思議なくらい気にならなかった。
 どうせ今日の午後には効き目も切れるはず。そうすればもうやきもきすることもない。
 ホークアイとアンジェラは、昨夜のことが嘘のような爽快な気分で顔を見合わせた。




 そして、デュランとリースが惚れ薬を被ってから2度目の朝が来て、聖剣の勇者たちは休養を終え、再び神獣との戦いに出発したのだった。






 ところで。
 戦士であり、前線に立つ二人は当然怪我することが多いのだが。
「デュラン、大丈夫でしたか?」
「ああ、とりあえずな、かすり傷程度だ……って、リース、お前、何だよその腕!」
「あ、ちょっとしくじってしまって」
 笑うリースに、デュランは有無を言わさずその腕を取り、手をかざして呪文を唱える。シャルロットほど速やかにではないが、彼女の腕の傷は痕すら残らないほど綺麗に癒された。その後、デュランはケヴィンの様子も確認し、彼にも回復魔法を施したのだった。
 ―――が。




「ねえ、本当に惚れ薬の効き目、切れてるの?」




END


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