聖剣3 デュラン×リース

「女神様に似てる」




それを始めに聞いたのは、いつだっただろうか。
そう。あれは―――。




 ローラント奪回のための策を借りにコロボックルの森に行き、トン・ベリに散々からかわれ、なんとか知恵を得てきた後。
 火急の用件ではあったが、強行を強いた三人の身体はすっかり疲弊していて、ローラントへ戻る前にジャドで休養をとることになった。
 宿をとり、デュランは消耗した旅用の荷を買い足しに出かけた。
 船賃を考えながら買物を済ませ、トン・ベリにからかわれたのを思い出し機嫌を悪くしつつ宿屋へ戻ると、玄関先にリースが立っていてあたりをきょろきょろしていた。
「リース、どうした?」
 声をかけてきたデュランに気付くと、リースは安堵したように言った。
「それが……、つい五分前くらいまでは居たんですけど、いつの間にかケヴィンがいなくなってしまったんです……」
 心底心配そうな顔をする。
「いつもだったら、ちゃんと何処に行くか言っていくのに」
「ケヴィンが?」
 今はすれ違わなかった。ケヴィンは個人では金を持っていないから、買いものがしたいなら二人のどちらかに言うはずだ。
 森? ―――いや、それこそ黙って行くはずがない。
 それなら、どこへ―――?
 考えを巡らせて、ふと、思い当たる。
 そうだ。この街には。
「ちょっと探してくる。この荷物頼めるか?」
 重いぞ、と付け加え、抱えてきた荷物をリースに渡す。
「何処にいるか検討つくんですか?」
 一瞬バランスを崩すが、あとは危なげなく荷物を持ち直し、リースが尋ねてくる。
「ああ。この街でなら、―――たぶんあそこだ」
 デュランは今まで来た道を北へ向かって戻っていく。
 行き先は―――領主の館。




 光の差さない、何処か湿っぽい匂いのする階段を地下に向かって降りていくと、薄暗闇の中に淡い光がたたずんでいる。その前にケヴィンは立っていた。
「やっぱり、ここに居たか」
「……デュラン?」
「せめて、出かけることくらい言って行け。リースが心配してたぞ」
 ぼんやりしていた焦点が、ふと合う。はっと何かに気付いたように、ケヴィンは呟いた。
「ごめん。……オイラ、言うの忘れてた」
「謝るんなら、俺じゃなくて、リースにだな」
 デュランの言葉に、ケヴィンはうん、と素直に頷くと、再び目の前を見上げる。
「お前、本当に好きなんだな」
 デュランも視線をそちらへ向けた。二人の目の前に、暗闇に在りながら柔らかに光を放つ黄金の女神像がたたずんでいる。
 月夜の森で、黄金の女神像の下でカールと遊んだ……。その思い出を、デュランもリースも知っている。そして、ケヴィンが唯一知る慈愛の象徴とは、この女神像だった。
 瞳を閉じてその顔に浮かべる穏やかな微笑みは、ケヴィンに母親への憧れを与え、デュランに自分の母親もこんな笑みを向けてくれていたのかもしれないということを、教えてくれる。
「リース、この女神様に似てる」ぼそっとケヴィンが呟いた。
「……リースが?」
 唐突に言われ、言ったことを理解できず、デュランは目を瞬かせた。
「うん、なんだか似てるんだ。ここから助けてもらったとき……、オイラ、女神様が助けてくれたんだと思った」
 滝の洞窟からの帰り道、獣人たちに襲われた後の話だ。知恵を使い獣人を牢に閉じ込め、鍵を開け解放してくれたのは彼女。
「そんなに似てたのか?」
「うん、笑顔がとっても似てた」
 牢の鍵を開けてくれたとき、彼女はどんな表情をしていただろう?
 綺麗に記憶が抜け落ちたかのように、思い出せなかった。




 デュランとケヴィンが連れ立って戻ってくると、リースはまだ同じ場所に―――荷物は置いてきたのだろう―――立っていた。二人の姿を見つけると、安堵したように駆け寄ってくる。
「リース、ごめん。オイラ、どこ行くか言うの忘れてた……」
「今度からはちゃんと言っていってくださいね。とっても心配したんですよ」
 二人の会話を聞きながら、デュランは今来た道を振り返った。
 ―――女神様に似てる。
 ケヴィンのその言葉と、不思議な感覚だけが後に残った。




◇          ◇





 黒幕だと思われた美獣という女性は逃がしたものの、無事にローラント城をナバールの手から奪還することができた。
 城の状態の確認、城下の街への人材の派遣など、やるべきことは多くあって、それこそ、目まぐるしい勢いで時間が過ぎ、あっという間に翌日になった。
 城の住人は、王女に城に留まることを望んでいた。これからまだまだ復興されるには時間がかかる。その支えとして、導きとして、王女は必要だった。
 だが、それと同時に、わかってもいたのだ。
 城は、国は取り戻したといえ、それを継ぐべき王子エリオットは敵の手に落ちたまま行方不明だ。赤い瞳の男が、奴隷として買っていったというささやかな情報以外は何もない。
 王女は旅に出るだろう。弟王子を探し出すために。
 玉座の横に立つ王女を前にして、謁見の間に控えるアマゾネスたちはただ彼女の言葉を待ち黙っていた。リースがどんな結論を出すとしても、彼女たちは反対することはないに違いない。
 リースを見つめる瞳から、その信頼は伺える。
「エリオットを、必ず見つけだします……その間、城を空けることにはなるけれど……」
「お任せください、リース様の留守は私たちが必ず守ってみせます!」
 アマゾネスたちの唱和。その言葉を聞いて、リースはふっと表情を緩めた。
「必ず、エリオットと一緒に戻ってきます。……それまで、お願いね……!」
 頼もしいアマゾネスの返答でリースが見せた笑み。
 それを見て、デュランは突然既視感を感じた。
 どこかで、見たことがある―――?
 ケヴィンと一緒に見上げたジャドの地下の女神像に、今のリースの笑顔が、だぶる。
 ああ、そうだ。この既視感は、初めてじゃない。
 リースに助けられて、あの女神像の前に立ったとき。あの時、すでに一度。
 何故、忘れていたのだろう。
 ―――リース、この女神像に似てる。
 その言葉が、今度は前より強く響いた。




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