聖剣3 デュラン×リース

「女神様に似てる」




それでも、まだどんな感情もあったわけじゃない。
そのときは、まだ。




 乗った船が幽霊船だったという一騒動の後。思いも寄らぬところでシェイドと出会い、三人は火山島ブッカへ流れ着いた。
 幽霊船は残骸すら海の藻屑となってしまったし、さらに悪いことに、噴火の兆候である地震が頻発していた。
 先住民たちが教えてくれた海のヌシを唯一頼りに、火山の内部の洞窟へ足を踏み込み、そして、ここへたどりついた。
 入り口から気の遠くなるような長い洞窟の果て、一番奥。
 静かな水面をたたえる湖に突き出たような地形のその一番端に立っていたのは。
 ―――マントを身にまとった、赤い瞳をした男だった。



「赤い瞳……」
 デュランの後ろで、うめくような呟きが聞こえた。
 ここまで、デュランが先頭を切り、間にリースを挟んでケヴィンが殿しんがり、という体勢で進んできたのだ。
 だから、彼の背後で低く囁いたのは、リースだった。
「……バイゼルの奴隷商人が言っていた男は、貴方ね……。エリオットを返して!」
 デュランの横を駆け抜けて、風のような勢いで槍を振るう。
 だが、男―――邪眼の伯爵はその先端すらかすることなく優雅に宙に浮かび上がった。
「お前がローラントの王女か……。ローラントは復興されたらしいが……王子は返すわけにはいかぬ。黒の貴公子様が……彼を必要とされているのでな……」
 邪眼の伯爵は、その日何度目かの名を呟いた。だが、その名の正体を明かすことなく彼は三人をあざ笑い、そして空中へ溶けていく。
 ―――そして。
「待ちなさいッッ!!」
 リースの悲痛なまでの叫びが洞窟内に反響して、リースは、持っていたその槍で、邪眼の伯爵に襲いかかろうとしていた。
 彼がいた、その足場のない空中に。
「リース!? 無茶するな!」
 デュランが声を荒らげて止めようとしたとき、三人の足下を、突然の振動が突き上げた。





 フォルセナにも、ローラントにも、ビーストキングダムにも、火山はない。多少の地震は経験したことがあっても、これほどのものはなかった。このブッカに来てさえ、ここまでの地震にであったことはない。
 つまりは、火山が噴火しようとしている―――あるいは既に噴火したか。
 地面から天に向かって叩き飛ばされるような衝撃の中、立っているのがやっとだ。
「きゃあぁっ!」
 踏み切って空中に飛び出そうとしていたリースは岩場の端にいた。その足場が崩れて―――。
「リース!」
 本能的にデュランとケヴィンが飛び出す。身を投げ出し、湖に飛び込むような勢いでデュランがリースを引き寄せて、ケヴィンがそのデュランの腕と背中とを引っ掴んで、全体重をかけて後ろに倒れ込み、そのまま三人はもつれあって岩場の上に転がり込んだ。
「……ふ……二人とも、大……丈夫?」
 背中をしたたかに打ったケヴィンは一瞬息を詰まらせ顔をしかめたが、すぐに起き上がり仲間二人の様子を伺った。
「あ……ああ、助かった……サンキュー……」
 こちらもどこか打ち付けたらしいデュランの言葉を聞いて、ケヴィンは安堵の息を漏らし、視線をずらした。
 リースからの返答はなく、座り込んだまま身動き一つなかった。デュランがかばったせいか打ち付けた様子はないようだが、俯いたままだ。
 揺れる足場はますます不安定になり、もう立ち上がることさえできない。
 壁と天井からは脆くなった岩が次々に落下し始める。
「くそ……、とうとう噴火が始まっちまいやがった……!」
「どうする……デュラン?」
 デュランはリースを傍に引っ張り落石から身をかばいながら毒突いた。同じく身をすくめ手で頭をかばいながらケヴィンが問う。
「どうする、ったってな……」
 あと、抜けるとしたらこの湖を泳ぐ他に選択肢はない。深さはどれくらいなのか、どこにたどり着けるのか、そもそも外へは通じているのか。
 そのとき。
 二人の耳に奇妙な鳴き声が聞こえてきた。
「……? 何だありゃ?」
 デュランの素っ頓狂な叫びに反応して、ケヴィンはその視線の先を追った。
 そこに居たのは巨大なカメだった。
 否、カメとも違うような気がする。
「村の人、言ってた……海のヌシ、あれか?」
 ケヴィンが呟くが、デュランはそれにも答えず唖然とするしかなかった。
 その生き物は三人の正面まで来ると、もう一度不思議な声で鳴く。何か意味あり気に。
「……助けて、くれるのか?」
 人間の言葉が理解できるらしい、その生き物―――海のヌシだろうか―――は再び鳴いた。任せろ、と言っているような様子だった。
 ケヴィンがデュランを伺う。決断を待っていた。
 デュランはフェアリーの宿主である。必然的に彼がリーダーとなりパーティの重要事項を決定していたのだ。
「……悪りぃな、頼む。ケヴィン、先に行ってくれ」
「わかった」
 ひとつ頷いてケヴィンはふらつく足でなんとか立ち上がり生き物の背に転がり落ちる。デュランはリースを片手で抱え、空いた手に転がっていた槍を握るとほとんど落っこちるような勢いで生き物の背中に納まった。
 生き物は―――後で聞いたら、ブースカブーという名前らしい―――、落石も気にすることなく悠々と泳ぎ出した。




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