聖剣3 デュラン×リース

「女神様に似てる」





     彼女は確かに人間で、弱いところもあるし、泣くときもある。
     それでも、どこか女神のように思えることも間違いなかったと思う。
     回復魔法を覚えて、傷を癒すのが俺やケヴィンの役目になっても、
     それでも彼女にはいつも癒されてばかりだった。
     本当の姿から生み出される笑顔は、「女神」のときの彼女とはまた違って、
     神々しさがない代わりに何故か魅かれてやまなくて、
     その笑顔を見れることが嬉しかった。


     だから、すっかり忘れていたのだ、ケヴィンの言葉も。
     あのとき、彼女のあの姿を見るまでは。




「翼あるものの父……」
 聖域への扉は遥か天空の彼方。次々と聖域へと入っていく一連の騒動の黒幕たち。
 そして自分たちは空を行く術がない。
 すっかり八方塞がりになってしまい、どうしたものかと三人とフェアリーが頭を悩ませていたとき。
 リースが突然声を上げた。
「翼ある……何だって?」
 聞いたこともない言葉に、デュランとケヴィンは聞き取れず、不思議そうな顔で聞き返す。
 リースは簡単に翼あるものの父について説明してくれた。
 世界で最も高い場所―――バストゥーク山に住まう守護神であり、もともとアマゾネスは翼あるものの父を護る為に存在していたものであると。そして、その守護神と心を通わすことができるのは乙女だけであり、故に女性たちが守護神を護るようになったのだと。
「けど……力なんか貸してもらえるのか?」
 ましてや、心を許すのが乙女だけならば。
「女神様の危機ですもの、きっと力を貸してくれると思います。それに―――私はローラントの王女ですよ?」
 翼あるものの父と心を通じ会うことのできるアマゾネスたちの中で、最も慕われ尊ばれる者。
 そう言ったリースの笑みは、どこか神々しさを帯びていた。





「天の頂への道を?」
 ローラント城前。外の警備をしていたアマゾネスにリースが声をかけると、一瞬顔を曇らせた。視線をほんのわずかにデュランとケヴィンに向ける。
「翼あるものの父が、許してくれるでしょうか……その、男性を天の頂へ通すのを……」
「大丈夫でしょう、彼らはマナの女神に選ばれた者ですし、今はマナの女神を救うという緊急事態ですから。それに―――私がいます」
 最後の言葉をアマゾネスに向けて言ったときのリースの顔は、まさにあのとき見た「ローラントの王女」だった。
 ふと、心が一瞬冷えるような感覚を味わって、デュランは戸惑った。
 今のは?
 答えが見つからず、気を取り直すように頭を振って前を見る。
「わかりました」
 ちょうどアマゾネスが天の頂へ続く道を開いたところだった。
「どうか、お気をつけて……リース様をよろしくお願いします……」
「さあ、行きましょう!」
 聖域への扉が開き、人々が聖域へ入ってから既にかなり時間が経っている。あまり余裕はない。
 三人は顔を見合わせると頷きあい、アマゾネスの声に見送られながら駆け出した。





 足元よりも下から遥か彼方まで広がる海の碧と空の青に目もくれず、モンスターを相手にしながら天の頂を駆け上がる。
 その先端、世界で最も空に近い場所にあったのは、『翼あるものの父』と呼ぶにはあまりにも可愛らしい聖獣の姿だった。
 だが、可愛らしいと高をくくってフェアリーが声をかけたのがいけなかったのか、翼あるものの父は機嫌を損ねてしまい、リースがなだめ役を買って出たのだ。
「貴方は、女の子なんだよね? だから怒ったんでしょう?」
 リースはまるで人の子供に話しかけるかのように聖獣に声をかけた。名前までつけて、すっかり聖獣に気に入られてしまっている。
「リース、すごい。女神様の使いと、話できるのか?」
「そんなことありませんよ。言ってることが何となくわかるだけですから」
「でも、すごいや」
 ケヴィンとリースの会話も、右から左へ抜けていく。
 目の前で展開される出来事は、デュランの価値観では、人の行なえることを超えていた。マナの女神の御使い、聖獣とただ会話をするだけで心を通わせてしまうなど。
 アマゾネスはもともとバストゥーク山に住まう守護神を守るために存在し、その守護神と心を通わせることができるのは清らかなる乙女だけである……リースから聞かされた話をおぼろげに思い出す。
『女神様に似てる』
 遠く昔に聞いたその言葉が、否応なく反芻される。
 そのリースの姿は、ローラント城で見た姿とは別の意味で神々しくて、デュランはあまりの「眩しさ」に見ていることができなかった。




◇            ◇





 翼あるものの父―――フラミーの背に乗せてもらい、無事に聖域に着くことができた。
 三つ巴の争いがあったと推測される辺りを通り抜けながら、フェアリーに導かれるまま聖域の中心部、マナの樹がある場所へ向かう。
 途中、祭壇のような場所に女神像を見つけた。フェアリーが現れて、説明してくれる。
「これはね、マナストーンと同じものでできてる女神像。クラスチェンジもできるの。この像は、女神様に一番近い像なんだよ」
 女神ニ、一番似テイル―――。
 デュランは思わずまじまじとその像を見つめた。
 容貌は、確かに似ているわけではない。慈愛と優しさを感じさせるところは似ているけれど、造形まで似ているわけでは、決してない。
 それなのに、何故かリースの像を見ているようなそんな錯覚に襲われて、デュランは慌てて視線を反らした。
 これ以上その像を見ているのは、何か悲しい思いが喚起されて、あまりに切なくて。
 挙動不審な彼の様子に怪訝そうな表情を向ける二人の仲間の脇を擦り抜けて、デュランは祭壇を駆け降りた。




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