聖剣3 デュラン×リース

Elaborate wedding


3.変なところに鋭いくせに鈍い彼のことについて




 シャルロットはごくりと唾を飲んだ。これが放置していい状態ではないのはどこをどう見ても明らかだ。あまりに不自然すぎる。
 愕然としているのか違うのか、テーブル付近を見つめたまま微動だにしないデュランの代わりに、ケヴィンが菫色の髪の娘の傍に歩み寄りその肩を軽く揺らす。
「ジェシカさん、ジェシカさん?」
「……ん」
 返答があった。うめき声ともつかない言葉を上げ、規則的な肩の動きが止まる。尻尾のように束ねられた髪が揺れて、ジェシカは伏せていた顔をゆっくりと起こした。
「……あれ?」
 寝ぼけ眼で自分を起こした人物を見つめた後、ジェシカは眼を瞬かせて周囲を見回す。どうやら自分の今置かれている状況をつかみかねているらしい。
「あの、私、寝てました?」
「そうでち、気持ちよさそうにぐーぐー寝てたでちよ」
 ジェシカの質問にシャルロットが頷くと、彼女は顔を赤くして恥かしそうな様子だ。


「ジェシカさん、一人だけ?」
「……リースやアンジェラはどうしたんだ? 三人でいたんじゃないのか?」
 畳み掛けられる質問に、ジェシカは驚いた顔をした。質問をした二人が実に真剣な表情をしていたせいもあるかもしれない。しかし、彼女は彼らの質問には答えられなかった。
「ごめんなさい。紅茶を飲んでいたらなんだか眠くなってきて、そのまま寝てしまったみたいです」
 ジェシカは申し訳なさそうに謝る。困った様子で辺りを見回した。デュランも同じように困ったような顔をすると、あらためて別の質問をする。眠ってしまうまでのことを教えて欲しい、と。
 頷いたジェシカは記憶を探るようにゆっくりと話し出した。
「ええと。シャルロットさんが出て行って、しばらくは普通におしゃべりをしながらお茶を飲んだり、スコーンをいただいたりしてたんです。そうしたら……」




「え、ハーブですか?」
 空になったティーカップに新たに紅茶を注ごうとする手を止めて、リースは尋ね返した。その視線の先には、やけに自慢げな様子のアンジェラ。
「そ、といってもそのエキスを抽出したものだけどね。紅茶とかに入れて飲むだけで美肌効果があるのよ」
 お肌つるつるよ、との言葉に思わずジェシカは身を乗り出していた。リースも一旦ポットをおいてアンジェラを見る。
 じゃーんとどこかで聞いたような効果音つきでアンジェラが取り出したのは、手のひらに納まるほどの可愛らしい小瓶だった。香水でも入っているようなおしゃれなつくりで、中には透明な液体が入っている。これがどうやらアンジェラ言うところの美肌効果抜群のハーブエキスらしい。
「効果あるんですか、それ?」
 恐る恐るジェシカが尋ねてみると、アンジェラは満面の笑みを返してきた。
「そりゃもう、アルテナじゃ有名なのよ。肌が若返る薬って言われたりして」
「へぇ」
「ちょっと甘いんだけどね、今飲んでる紅茶に入れて充分美味しく飲めると思うわ」
 リースも興味を持ったらしかった。カップに残っていた紅茶を飲み干すと、ジェシカは彼女の前にカップを差し出す。リースは早速三人分のカップにたっぷり紅茶を注いだ。
「ほんの一滴二滴でいいのよ。その程度で充分なの」
 アンジェラは話しながら、三つのカップそれぞれにビンの中身をわずかにたらしていく。


 ジェシカは渡されたカップを覗き込んだ。先ほど飲んだ紅茶と、色は変わりない。漂ってくる香りにも、それほど違いはないようだ。顔を上げて正面を見ると、リースも彼女と同じように紅茶のカップを覗き込んでいた。どこか不安そうな表情だ。
「どうしたの二人とも。ほら、何ともないわよ、美味しいから飲んでみなよ」
 アンジェラは紅茶を見つめたまま動かない二人に笑いかけると、あっさりと紅茶を飲んだ。
 彼女のその動作を見ても、リースは動かない。ジェシカは思い切って飲んでみることにした。そっとカップのふちに口をつける。一口。
「あ、甘い」
 一口飲んで、ジェシカは思わず一言呟いた。確かに甘い。紅茶と見事に調和して、絶品といっていい味になっていた。こんな美味しいものを飲んで、さらに肌が綺麗になるとしたら、なんてお得なのか。
「ね、美味しいでしょう?」
「はい、本当に美味しいです」
 アンジェラの問いにジェシカが頷くと、彼女は満足そうにウィンクしてきた。ジェシカはさらに紅茶を飲む。これなら、おかわりしたっていいかもしれない。
 ジェシカの向かいでは、リースが紅茶に口をつけようとしていた。




「……それで、二、三口飲んでいるうちになんだか突然眠くなってきて……。そこからはもう覚えていないんです……」
 ジェシカは最後にごめんなさいともう一度謝った。
 シャルロットはテーブルに視線を向ける。彼女が見た覚えのない香水かと思ったあの小瓶が、話に出てきたハーブエキスだったらしい。
「眠り薬、でちかね……?」
 シャルロットは耳の辺りにある髪を指先で玩びながら考え込んだ。残念ながら既に小瓶は空になっており、その中身が本当は何だったのか、液体の色すらも確認できない状態だ。
 しかし、それまで何ともなかったはずのジェシカが突然眠りこんでしまったとすると、アンジェラがハーブエキスとして持ってきたのは眠り薬だったとも考えられるのだ。


 ぼそりと呟いた言葉だったが、ケヴィンは何かを思い出したかのようにはっと顔を上げた。
「もしかして、アンジェラ、リース連れてった……!?」
「はぁ?」
 シャルロットは思わずケヴィンを睨みつける。それは絶対に他言してはいけないといったはずだったのに。鋭いシャルロットの視線に、約束を思い出したらしく、ケヴィンは慌てて自分の口を両手で塞いだ。
 が、既に遅い。ケヴィンの叫びに始めは間の抜けた返事を返したデュランだったが、二人の様子から何かただならぬものを感じ取ったらしい、いぶかしげな顔をしている。
 これでは仕方ない。たとえ自分が話さなくても、ケヴィンは正直に話してしまうだろう。観念して、シャルロットはかいつまんでケヴィンが聞いたというホークアイとアンジェラの密談について話した。
「……というわけでち」
「だから、眠り薬なんて言ってたのか」
「そうでち。アンジェラしゃんが先に飲んで安心させておいて、リースしゃんとジェシカしゃんに眠り薬を飲ませたのかと思ったでち」
 シャルロットはデュランを見上げる。その表情を伺ったが、そこに何の感情も読み取れなかった。怒っているのか、呆れているのかさえ。
 デュランは腕を組んで少し上を見つめている。考え込んでいるときに彼がよくする姿勢だ。
「眠らせておいたら、リースしゃんに抵抗されずに連れて行けるんじゃないでちか?」
「さっき窓から出てった奴、リースのこと、連れてったんじゃ……」
 ケヴィンも必死の様子で訴えた。だが、デュランは焦る様子もなくテーブルに視線を向け、何かを確かめている。


「ジェシカさんは、ホークアイの様子がおかしかったとか、何か気付いたことは?」
 何を思ったのか、デュランは突然ジェシカに尋ねた。いきなり話題を振られ、ジェシカはびっくりしている。
「えっ? ……うーん、特に変わったことはなかった、かな。いつもどおりのホークアイだったわ」
「そうか、ありがとう」
 口元に笑みを浮かべて、デュランは礼を言った。現にリースはこうして姿を消しているというのに、焦っている様子はかけらも見当たらない。この冷静さは一体なんだろう。
 むしろ隣で一生懸命訴えているケヴィンの方がよっぽど焦りが感じられる。それも当然かもしれない。彼は、デュランとリースの結婚式をとても楽しみにしていたから。
 デュランはケヴィンに声をかけた。
「ケヴィン、一緒に行くか?」
「え、どこに?」
「リースを捜しに」
 ケヴィンが不思議そうに尋ねると、デュランは穏やかな笑顔でそう答えた。ケヴィンは首を捻ったが、シャルロットたちに背を向けてデュランが歩き始めると慌ててその後ろをついていく。
 見当がついたのだろうか。シャルロットも二人を追って部屋から出る。
 声のする方に視線を向けると、デュランが通りがかりのアマゾネスに何かを尋ねていた。だが、その質問の内容に傍にいたケヴィンはびっくりしている。
「ホークアイの部屋はどこだったかな?」
 アマゾネスはにっこりと笑うと、シャルロットがいる方向とは反対を指を示し何事か説明していた。デュランはこれも笑顔で礼を言って、さっさと歩き出す。
「デュ、デュラン? リース、捜すんじゃないのか?」
 その背中にケヴィンは理解できない様子で質問を投げかけたが、返事はなかった。


 捜すとは言っていたが、既に彼の中ではすべて見えているのかもしれない。
 普段の言動からは直情で感情的に見えるが、彼はフォルセナの騎士団の中でも高位にいるのだ。理論的な考え方もできるし、状況判断も的確だ。ホークアイにからかわれている姿とか、アンジェラと言い合いしている姿を見ていると忘れそうになるのだが。
(まったく、鋭いくせに鈍いんでちからねえ)
 軽くため息をつくと、シャルロットは静かに扉を閉めた。



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