聖剣3 デュラン×リース

Elaborate wedding


4.言葉は伝えるためのものであるということについて




「まあ、予想はしてたけど、思ったより早かったな」
 窓から差し込む昼の光を背に、紫色の髪の青年は驚いたように言った。日の光に照らされて艶やかな紫に輝く髪を指先でくるくるといじりながら楽しそうに笑っているのはホークアイだ。
 一方、扉から数歩部屋に入り込んだところでホークアイに相対している茶色の髪の青年は呆気に取られた様子で立ち尽くしている。隣にいる獣人の少年も同様であるらしく、口を開けてぽかんとしていた。
 ただし、青年が視線を向けているのはホークアイではない。そのすぐ傍にいる金色の巻き毛の少女―――つまりシャルロットを見ているのだ。大きく外に開かれた窓から香る風が入り込み、部屋の中にいる四人の髪をそれぞれ梳いていく。


 沈黙の後、デュランは額に手を当てて大きくため息をついた。
「シャルロット、お前も共犯だったのか……」
 デュランの言葉に、ケヴィンは驚いたように隣のデュランとホークアイの横にいるシャルロットを見比べる。
「……ど、どういうこと?」
「つまりな、ケヴィン。お前はまんまとシャルロットに利用されたんだよ。リースはさらわれたわけじゃない。『自分で』あの部屋を出て行ったんだ」
「どうしてそう思う?」
 デュランにそう尋ねるホークアイの声はとても楽しそうだ。面白くもなさそうに、デュランは話し出した。


「リースが眠り薬を飲まされてさらわれたとしたら、おかしいところがあるんだよ」
「おかしいところ?」
 ケヴィンが尋ねると、デュランは憮然として頷く。
「ジェシカさんは、二口三口紅茶を飲んだら突然眠くなって意識がなくなったと言っていた。アンジェラが同じ量入れたんだとしたら、リースだって同じくらいで眠くなるはずだ。けどな、あそこにあったカップで一番紅茶が残ってたのはジェシカさんのカップなんだよ」
 シャルロットはあの時見たテーブルの状態を思い返してみた。そう、確かに彼女のカップが一番紅茶が多く残っていた。他の二つのカップは、もうほとんど空と言ってもいいくらいだったのだ。
「リースが紅茶を飲んで眠ったとしたら、中身はジェシカさんと同じくらい残るだろ。それに、二人ともほとんど間を空けずに眠りこんでるはずだ」


「リースの分の紅茶に入ってた薬の量が少なかったってのは考えられないのかな?」
 悪戯めいた表情でホークアイが横槍を入れる。デュランの表情は動かなかった。
「もしそうだとしたら、『リースが眠らされてさらわれた』ということ自体が成立しないな。それまで普通に喋ってたはずの人が、得体の知れないものを入れられた紅茶を飲んだ途端に眠り込むなんて不自然な状況で、リースが同じものを飲み続けるとは思えないが」
「じゃあ、あのとき窓から飛び出した緋色のマントの人は……?」
 恐る恐る尋ねたケヴィンに、デュランはこともなげに答える。ホークアイに対して向けられている冷めた目は、ケヴィンを見るときには少し和らぐようだ。
「それは、アンジェラだろ。ついでにマントかローブかわからんが、それは紅蓮の魔導師のものさ」
 答を聞いて、何か思い当たることがあったのだろう。ケヴィンは納得したように頷いたが、ふと眉をしかめた。
「オイラ、利用されたのか?」
「『リースがさらわれた』ってことを強調するために目撃者にされたんだよ。シャルロットに見張ってろとか何とか言われなかったか?」


 確かに言った。ケヴィンに、何かできることはないのかと聞かれて。
『デュランしゃんの近くにいるとか、……リースしゃんに何もないように見張ってるとか……』
 その言葉に素直に従って、ケヴィンは木の上からリースの部屋を見守り、そして緋色のマントの影を見つけることになったのだ。
「……あ!」
 ケヴィンも覚えていたのだろう、ほとんど間をおかずに叫ぶ。


「そういうことさ。……で、何が目的だ」
 喋りながら、デュランはホークアイを睨みつけた。はぐらかすような感情の読み取れない笑顔で、ホークアイは「何を?」と返す。
「お前がいて、あれだけ穴だらけな状況を作るわけがないよな。カップに残ってる紅茶の量くらい考慮に入れるはずだ。それをしなかったのは、目的がリースをさらうことじゃなくて、俺に気付かせるためだからだろう」
 お見事。シャルロットは降参、とばかりに両手をあげてみせた。つまり、あの部屋でティーセットが広げられたテーブルを見たときに気付いたということか。道理で焦る様子もないわけだ。
 あのときもう少しヒントを置いた方がいいんじゃないかと提案した自分にホークアイが必要ないと言ったことを、シャルロットは思い出した。なんだかんだ言っていて、きちんとデュランのことを評価しているのだ、ホークアイは。
 ただし、シャルロットはホークアイと同じような高い評価を彼につけることはできなかった。


「今回の提案者はアンジェラとシャルロットだよ。俺は単なるお手伝い。わたくしめは世の女性の味方ですから」
 最後はいつも通りの茶化した口調でホークアイが答える。それに応じてデュランはシャルロットへ視線を移した。
「リースしゃんのためでちよ」
「リースの?」
「あんたしゃんの気持ち、きちんと確かめたかったんでち」
 シャルロットが真っ直ぐ見据えると、デュランは眼を瞬かせた。




 お互いに充分想いあっていることは、シャルロットだって知っている。一緒に旅をしてきて、それはもう確認する必要もないほどにわかりきっていること。
 最後の橋渡しをしたのがそれぞれの国だったとしても、その手前までの絆は二人が作り上げたものだった。
 夫婦になる前から顕在だったおしどり夫婦かと思えるほどの意思の疎通ぶりは、仲間の誰もが知っていること。けれど、それでも二人は他人なのだ。持っている心は違う。
 思っていても、伝えなければ相手は気付かない。
 言わなければいけないのだ。相手に心を知ってもらうために、言葉はあるのだから。


「あんたしゃん、リースしゃんにちゃんと伝えたでちか?」
「何を」
 にべもない返答に、シャルロットは心の中で頭を抱えた。遠まわしな言い方では、伝わらないのだった。本当は、第三者から伝えるべきことではないはずなのだが。
「ウェンデルに来てから、リースしゃんが元気がないこと、知ってるでちか?」
 知っているわけがない。旅の仲間ではないまったくの第三者、そしてデュランの前では、彼女は決してそんな顔をしないから。
 デュランが知らないと分かっていて、シャルロットはそんな質問をした。返ってくる答は当然、沈黙。
「リースしゃんは、不安なんでち。結婚して、これからどうなるのかとか、いろんなことがかわってしまうこととか。デュランしゃんがどういう気持ちで求婚してきたのか、とか。本当は、そういう不安を消すのは、デュランしゃんの役目なんでちよ」
 シャルロットはまくし立てた。デュランは黙って聞いている。誠実な彼は、たとえ年下の少女の言うことでも理が通っていると思えば真面目に聞いて受け入れる、そういう人だ。
 デュランの向こう、部屋の入り口の扉が、音も立てずに静かに開いた。隙間から顔を覗かせたのは、まばゆい赤紫の髪の女性。普段から肌を露出した格好が似合う彼女なのに、今は珍しく緋色のローブを羽織っている。
 シャルロットはその女性に視線を向けないようにしてデュランに問うた。これを聞くために、アンジェラと彼女は計画を立てたのだ。
「デュランしゃんは、何のためにリースしゃんに求婚したんでちか?」


 再びデュランの声を聞くまで、ずいぶんと待ったような気がする。
 扉が開いたせいで空気が流れて新しい花の香りが入ってくる。心地いい、匂い。その匂いに体が包まれていくのを感じながら、シャルロットはじっとデュランの返事を待った。
「……国のためじゃないって、さっき言っただろ。結婚を申し込んだのは、俺の意思だよ。これから先もずっと一緒にいたいと思ったし、リースとだったら一緒に生きて行けると思った」
 気障だといえるような言葉を真顔で平然と口にできるあたりたいしたものだ、とシャルロットは思う。これが本人を前にすると途端に出てこなくなるのだけれど。
 後ろの気配に気付いたのだろう、ケヴィンが振り返った。とらえた姿に眼を丸くする彼に、扉を開けながらアンジェラは人差し指をそっと唇に当てる。


「リースしゃんのこと、幸せにできるでちか」
 自信がないだなんて答えたら、もちろんただじゃおかない。そんな含みもこめて、シャルロットは聞いてみた。
 それがきっと彼女への答になる。
「俺がどんなに幸せにしたいと思ってても、それはリースの幸せとは違うだろ。リースが幸せだと思うことの中で、俺ができることなら何だってするさ」
「大事なんでちね、リースしゃんのこと」
「当たり前だろ。そう思うくらい、大切な人なんだ」


 ……言った。
 誓いの言葉ひとつにあれだけ大騒ぎしていたデュランなのに、それ以上に恥かしいだろう言葉を堂々と言いきった。シャルロットはある意味感動すら覚えてしまう。
 アンジェラが待っていたかのようにわざと音を立てて扉を開いた。廊下がさらに見えたことで、そこにはアンジェラ以外にも人がいたことが分かる。立っているのは菫色の髪を結った少女と腰までの金髪を若草色のリボンで束ねた娘。
 まだ、デュランは気付いていない。
 シャルロットと目が合うと、アンジェラはひどく嬉しそうな顔をした後で、大きく息を吸い込んだ。
「素敵な告白ね、あたし思わず感動しちゃったわ!」
 突然背後で鳴り響いた拍手に驚いたデュランは振り返り、そこでぴたりと動きを止めてしまう。たぶん、顔を真っ赤にして固まっているに違いない、とシャルロットは見えないデュランの顔を想像した。
「デュラン……」
 無理もない。ジェシカとアンジェラに無理やり引っ張られる形でそこに立っているのは、真っ赤な顔をしたリースなのだから。


 本人を前にせず紡がれた想いが、きっと足りなかった言葉。
 心は彼女に届いているから。彼女がこれから先憂うことは、もうないはず。




「……っ!」
 言葉に詰まるデュランを見て、窓枠に寄りかかるホークアイはもう我慢できないという様子で笑い出した。腹を抱えながら、未だに動けずにいる茶髪の青年に近寄りその肩を叩く。
「とまあこういうわけだ。覚悟しとくんだな、デュラン。これから先リースが落ち込んだり何かする度に、あいつら鬼のように非難してくるだろうからな」
 台詞は大変同情的であるが、表情が一致していない。人の未来に落ちた影を楽しんでいる様子だ。
 まだ赤みの引かないまま、恨めしそうにデュランはホークアイをにらむ。
「てめ……、面白がってんな……?」
「いえいえ、もちろん自戒の言葉でもありますとも。わたくしめはいつでも世の女性の味方ですから」
 おちゃらけたホークアイの言葉に、デュランは降参とばかりにがっくりと肩を落とした。ため息をついて、困ったように笑う。
 アンジェラやホークアイの悪戯、シャルロットのわがまま、ケヴィンの無邪気さ。それらにつき合わされ振り回されてほとほと疲れ果てて、最後の最後には仕方ないなと呟くときに見せる笑顔。
 その笑顔を見せるとき、彼は腹を立てていても既に相手を許してしまっているのだ。


「ほんと、お前らには敵わねぇな」
「ははは、まあ、実を言うと、目的は今のだけじゃないんだよ。本当の目的は別にある」
 ホークアイが言うと、デュランは身構えて後ずさりした。これ以上何があるのかと警戒する態勢だ。……予想できる反応なのに、もっと言い方はなかったのだろうか。いや、ホークアイのことだから、むしろそう反応させるためにああ言ったのだと思うけれど。
「じゃあ、リースはあたしの部屋に連れて行くわね。シャルロット、ホークアイ、デュランの方は任せたわよ」
 アンジェラはそうこちらに告げると、リースを引っ張りながらジェシカを伴ない部屋を出て行く。ケヴィンはどうするべきか迷っていたようだが、シャルロットが声をかけるとほっとした様子で慌てて傍に駆け寄ってきた。
「シャルロット、今から何する?」
「さ、ホークアイしゃん、腕の見せ所でちよ。ジェシカしゃんの作ったヴェールに見劣りしないようにしないと駄目でちからね」
 ケヴィンの質問にはあえて答えずシャルロットが呼びかけると、ホークアイは自信ありげにどこからか持ってきた包みを広げだす。
「任せとけって、俺を誰だと思ってる?」
 鼻歌を歌いながらホークアイが取り出したのはたたまれた大きな布。端をつかむと、ホークアイは思い切りそれを翻した。デュランの頭上に一瞬にして影がさす。
「お前ら、何するつもりだ!?」
 デュランの悲鳴に似た質問の叫びに、答えは返ってこなかった。



Index ←Back Next→
Page Top