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お母様が張っている街を包む結界の片隅で。
外の寒さが侵入してきている城の片隅で。
話したことがあったっけ。
城壁の外からそっと忍び込んでくる、花びらのような雪を手に遊ばせながら。
「アンジェラ、少しは勉強したら?」
「あんたこそ、その手に持ってる本、読んでたらいいじゃない」
「仮にも王女様だろう? 必死で図書館で本漁ってたのは誰だっけ?」
「そっちこそ、必死で魔法使えるようになろうとしてたじゃないのよ?」
あたしも、あいつも、アルテナに生まれたくせに魔法の才能のない奴だった。
あたしは一国の王女のくせに魔力のかけらもなくて。
あいつは能力の高い魔法使いを出すことで有名な家の生まれなのに魔力を持っていなくて。
どっちも肩身の狭い思いをしていた。
必然的に話すのは、そんな寒さに震えるような、人目につかない片隅。
嬉しかったんだと思う。
同じような立場にいて、同じ気持ちを語り合えること。
こっそりとアルテナの愚痴を言ってみたこともあったし、あいつの憎しみに近いほどの意見を聞いたこともあったっけ。
そして、こんな他愛のないことも。
「俺はいいんだ。……アンジェラ、フォルセナ、って知ってる?」
「そこまで馬鹿にしないでくれる? そのくらい知ってるわよ、英雄王が治める草原の国、でしょ」
「そう、魔法なんかない、剣技の国……だよ」
ああ、そうなんだ、やっぱりね。
その言葉を聴いて、あたしは思ったんだ。
こいつはこの国を出て行くだろうって。まず間違いなくそうだろうって。
悲しくなんてない、といったら嘘だったかもしれない。でも嬉しかったのも事実だった。
こいつだったら何かを変えてくれるかもしれないって、そう思えた。
「俺はフォルセナへ行って剣士になるんだ」
……その笑顔が眩しくて、あたしは今でも忘れられない。
「だから、アンジェラは勉強した方がいいよ」
「あら、あたしだって別に魔法を使えなくたってかまわないわよ」
え、と不思議そうなあいつにむかって、あたしは思い切り偉そうに言ったのだ。それはもう、わがままな姫のように。
「―――魔法が使えなくっても、護ってもらうからいいのよ。アルテナ生まれで唯一の、腕の立つ剣士にね」
呆気にとられるあいつを見て、あたしは思い切り微笑んだつもりだった。
それはまだ夢を忘れずにいた幼い時間。
現実との背中合わせで紡がれた、他愛のない夢物語。
どこかでは、気付いていたかもしれないけれど、それでもあのときは真剣に叶ってほしいと思えた願い。
でも、あたしたちは二人ともアルテナに帰ってきた。
―――魔法を使えるようになって。
方法は違っていたけど。
それでも二人とも魔法を使えるようになりたいと望んで。
ねえ、それって結局。
あたしたち二人とも、アルテナの人間だったってことなのかな?