聖剣3 カップリングなし

His belief and My one




 最初に宿屋の周囲をぐるりと回ったが、デュランの姿はなかった。裏庭の木陰も、表の陽だまりにもいない。
(お店でも回っているのかしら)
 そう思い、手近に武器屋の看板を見つけ、扉についた窓からこっそり中を伺うと、ナバール兵が武器の品定めをしており、リースは慌てて顔を引っ込めた。
 別の場所の道具屋にもナバール兵がおり、どうやら店の類はナバールにより抑えられているようだった。武器や食料などの補給にでも使うのだろう。
 たぶんデュランは店には入っていないだろうと判断し、リースはデュランを捜すべく走り出した。


 時折後ろを振り返り、どこかをデュランが歩いていないか確かめる。見えるのは静かな街並みと髪の色さえわからぬほど黒で統一された格好をしたナバール兵だけだ。
 階段を駆け下りたリースの目に、レンガの壁が目に入り、そこに刻まれた酒場の名が映った。
『夕凪の香り』
 もしかして、ここかもしれない、とリースは思った。勢いよく飛び込んで、扉を開けようとして、一瞬戸惑う。
 今は昼間だけれど、もしナバール兵が酒盛りをしていたら……?
 扉にぴったりと耳をつけてみるが、騒々しい雰囲気は感じられない。むしろ静かだ。
 リースは音がしないようにそっと扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
 カウンターの内側で、マスターらしい女性が出迎えた。ローラントの女性には多く見られる流れるような金髪だった。リースは一瞬、仲間のアマゾネスたちを思い出した。明るく輝いていたり、綺麗に波打っていたりと、それぞれ個性的だったが大部分が金髪の少女たちだった、と。
 カウンターにはナバール兵が一人座っていたが、こちらに注意する様子もなく、黙々と酒か何かを飲んでいる。影になって入り口からは見えなくなっているテーブル席にまで入り込んだが、そこにもデュランはおろか、人一人いない。
 リースは走り通して上がった息を整えるように、思い切り息を吐くと、再びデュラン捜索に戻るべく扉に向き直った。
 と。
 カウンターの女性がこっちを見つめている。その顔を見て、リースは一瞬で動けなくなった。
 それがよく知っている、懐かしい顔だったからだ。もう二度と、会えないと思っていた人だった。
 女性の口が、音もなく動く。
(リース様?)
 リースは何故彼女がここにいるのかと呆気にとられた。反応を見れば、顔がよく似た別人ではなく、彼女自身なのは明らかだ。
 ナバール兵が一人とはいえいるというのに、危うくリースは大声を上げるところだった。
(ライザ!?)



 扉があったらけたたましい音を立てたであろう勢いで酒場のレンガ造りの通路を飛び出したリースは、慌てて辺りを見回した。
 宿屋から随分下ってきた。デュランの姿はなかった。
 ならばもう、あそこしかない。
 見下ろした視線の先。
 波に揺れる船もなく、働く人の姿もない寂しげな港に、濃茶色の髪を潮風に揺らす青年の後姿があった。
(いた!)
 思う間もなく、リースは港に向かって駆け出した。あといくらかの距離を残したところで、リースはデュランに向かって叫ぶ。
「デュラン!」
 大きな声で呼ばれ、何事かと振り向きかけたデュランの背中に、リースはしがみついた。
「リース?」
「そのまま聞いてください……っ!」
 リースがデュランの服の背中の部分を握り締めながら言うと、デュランは慌てて前を向いたようだった。
「さっきは……ごめんなさい。いらいらしていて、あなたに八つ当たりしていたんです。本当に、ごめんなさい」
 あなたはフォルセナの騎士。
 英雄王に忠誠を誓い、国のために戦う者。
 守るものを失う恐怖は、よく知っているはず。そしてフォルセナは、既にアルテナによって襲撃されていて、あなたは、幾人かの仲間を確かに失っていた。
 あの時言ってくれた『その気持ちはわかる』という言葉は、ただの気休めではなくて、あなたの本心から紡ぎだされたものだったのに。
 それを、私は……。
「謝るのは、俺の方だ」
 いきなりそう言ったデュランに、リースは目を瞬かせた。
「俺は一度フォルセナが襲撃されたときに、何人か顔見知りのやつを亡くしてる。その中には小さい頃から一緒に遊んでいた奴もいたし、剣の練習をした奴もいた。だから、奪われる気持ちも、多少はわかるつもりだったんだ」
 震えが、触れている背中からリースに伝わる。彼は笑ったらしかった。どこか、自嘲気味な気がした。
「でも、俺には両親はいないが一緒に暮らす家族はいる。襲撃されたとはいえ、英雄王もご存命だし、フォルセナも滅んじゃいない。こんな恵まれた俺が、いくら想像してもあんたの気持ちを完全にわかるなんて無理なんだ……それなのに、簡単に言ってしまって悪かった」
 リースは首を振った。その言葉が、泣き出してしまいそうなくらい、嬉しかった。
 額をデュランのその大きな背中にくっつけたまま、リースは告げた。
「……お願いがあるんです……聞いてください……。ローラント城の生き残りは私だけではなかったんです。他にも何人か、あの日逃れられた者がいて、バストゥーク山の中腹に隠れているのだそうです……」
 リースはデュランの様子を伺った。表情を見ることは出来ず、何の動きも伝わっては来ない。
 大きく息を吸い込んで、リースは続ける。海からそのまま天かける道へと駆け上がっていく潮風が、二人の髪を揺らした。
「ゆっくりと準備を進めて、機を見てローラント城を取り戻すつもりなのだそうです……精霊を捜すことが優先なのはわかっています。でも、どうしても城を取り戻したいんです、お願いです、あなたの力を貸してください……!」
 リースが全てを言い終えると、二人の間に沈黙が落ちた。リースはデュランの返答を待つ。
 しばらくして、デュランはため息を吐くような口調で言った。
「……手伝わないといったら、あんたは一人ででも行くんだろう?」
 たぶん、そうだろうとリースは思った。
 自分は仲間と離れてでもローラント奪回に参加するだろう。
 リースに背中をつかんでいる手を離すように言うと、デュランはリースへと向き直った。
「あんたはフォルセナがアルテナに襲われかけたとき、何も言わずに手を貸してくれただろう。どうして俺がローラント城奪回に手を貸さないってことがある? そもそも一緒にここまで旅してきた仲間だろうが」
「でも、機を待ってローラント城を攻めるんですよ。いつになるかわからない。取り返せる保証もない。その間にも確実に時間は過ぎてしまうんですよ?」
 精霊も、まだ二人しか見つけられていないのだ、こんな場所で時間をくっているわけにはいかないはずだ。フェアリーが何度も警告していたではないか。
 しばらく考え込んだデュランは、何かを思いついたのかいたずらめいた表情で笑う。
「俺にそんな理由は必要ないし、ケヴィンだって手を貸してくれといわれれば理由がなくても手伝うだろうが、あんたがそんなに気にするのなら、こんな理由をつけてもいいさ。ローラント城の生き残りが、城を奪回しようとするくらいにはいるのなら、その中に風のマナストーンや精霊のことを知ってる奴もいるだろう」
 それでどうだ、とデュランは片目をつぶって見せた。
 リースは何度も何度も頷いた。
「はい……ありがとうございます……!」
 共に旅をする仲間が、あなたでよかった。
 心から、そう思った。
 ふと、リースはデュランの右手を見る。ケヴィンの巻き方が徹底していなかったのだろう。端が解け、風になびいていた。
「デュラン、包帯が外れてますよ」
「……ケヴィンの奴、途中で手を抜いたな」
 リースはデュランの手をとり、解けかけた包帯を直す。
「傷は、どうなんですか?」
「そんなに深くない。けど、握ると痛むから、何日かは剣を握るのは無理だな」
 そう言った後で、デュランは慌てたように付け加えた。リースの表情が曇るのを見たからかもしれない。
「言っとくけど、素手で刃を握ったんだから、仕方ないぞ。二、三日休養すれば、何とかなるだろ」
「……じゃあ、少しここで休養してから行きましょうか。ナバール兵がいるから、あまり気が休まないかもしれないですけど」
 リースが提案すると、デュランは笑ってその提案を受け入れた。その姿を見て、リースも自然に笑っていた。


「二人とも、仲直りしたんだな」
 宿屋へ連れ立って戻ってきた二人を、にこにこ機嫌の良さそうなケヴィンが出迎えてくれた。
「ケヴィン、少しこの街で休んでいくぞ。かまわないか?」
 デュランが尋ねると、ケヴィンは頷いた。
「いいよ。オイラ、かまわない。デュランも、その傷、治すのか?」
「ああ、そんなところだ」
 リースは姿勢を正して、ケヴィンに話しかけた。
「あの、ケヴィン、少しお願いがあるんですけど……」


 これから何度も、この人とは意見がぶつかるのだろう。
 でも、何度口論になっても、けんかになっても。
 この人となら分かり合える。
 そんな気がする。


-END-
2002.12.29


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