2.「時を経て叶う想いがあってもいいよね、許されるよね?」
風がすべてを吹き飛ばそうとするほど強い上空。
だが、フラミーの背中にいる限りは髪がさらわれる程度で、心地いい風が傍を流れていくだけ。
フラミーが己を呼んだ主を乗せてすぐ、デュランは目的地を告げた。それはシャルロットにとっては予想の範疇でもあった。そして予想外でもあったのだ。
「フラミー、天の頂に行ってくれ……」
天の頂。ローラント領一高い場所、そして世界で最も天空に近い場所。
かのローラント城をも見下ろせる、唯一の場所。
(こんなところに、一体何しに……?)
シャルロットが心の中に疑問を浮かべているうちに、フラミーは岩場に風を巻き起こしながら舞い降りる。
デュランは無言でフラミーの背から飛び降りた。でこぼこの足場に危なげなく降り立つ。
シャルロットはそれを追った。飛び降りて足を突いた途端にバランスを崩しかけたものの、すぐに立ち直って、既に歩き出しているデュランの後ろに続く。
高地であるせいか岩場のところどころ申し訳なく生えている草原を道のように辿りながら、二人は天の頂の最も高い場所に辿り着いた。
足元には、最も高みにあるローラント城が見える。さらにそのはるか下には紺碧の海。
もちろん、シャルロットはデュランにこの場所に来た目的を尋ねはしなかった。
見ればきっと彼の意図がわかると確信していたから。
そして、彼女は、デュランが腰に携えている一振りの剣に心当たりがあった。
それは、彼が旅立つときに持っていたもの。
たとえ普段使う剣が別であっても、この剣の手入れは常に十二分に時間をかけて行っていたのを、シャルロットは覚えている。
どんなときでも彼を支えてきたものであり、ただ一人の父親の、唯一の形見でもある。
彼にとってはとても大切なものであるはずだった。
すっ……と、デュランは腰に手挟んでいた鞘から剣を引き抜いた。
天の頂の最も高みに立つデュランは、その刃を下に向けて持ち。
思い切り、地面に突き刺した。
それが、彼の想いであって、そして彼の出した結論なのだろう。
鈍くて、不器用で、何より国と英雄王のことばかり考えている、彼らしいと思う。
風が吹いた。
デュランとシャルロットの髪をさらっていく。
深々と突き刺さり、多少の力では抜けないであろう剣から手を離し、その剣を黙って見つめるデュランを見て、シャルロットは好意的なため息をついた。
その彼の横に一歩進み出る。
「―――後悔、しないんでちね?」
「ああ」
そう答えたデュランの瞳に迷いの色はなくて。シャルロットは嬉しくなって、思わず笑っていた。
エルフの血を持ち、おそらくは人間より長い寿命を持つ自分。人を恋うることなど、しても哀しいだけだと思っていた。
でも。望むならば、相手が応えてくれるならば。こんな方法もあるのだと。
「……本当に不器用な人たちでちね」
デュランも、リースも。人のことばかり考えて、思って。
―――でも、きっとそんな二人だから、やきもきしながら見守ってきたのだろう。優しすぎる二人が好きだったから。
デュランは苦笑を浮かべたきり何も言わなかった。けれど、その表情が答えている気がする。―――そうかもしれない、と。
「余計なお世話でも、見守っててやるでちよ。シャルは長生きするから、最後まで見届けてやるでちからね」
そう言い置いて、シャルロットは突き立った剣の前に立った。吹き抜ける風を切り裂いて大地へと突き刺さる使い込まれた剣。
そっと手をかざして、静かにある呪文を唱え始める。
それは、時を止める呪文。あるものを、時の流れから切り離し、いつまでも風化することなく留めておくための、古代に作られた高度な魔法。
自分が今することが、正しいことなのかはわからない。でも、自分では、そうすることが最善だと思えたのだった。
最後の一言が唱えられ、呪文が完成したその瞬間に、バストゥーク山を駆け抜ける風は、デュランの残した剣を避けて吹き始めた。
「シャルロット」
デュランが咎めるような声で彼女を呼ぶ。振り返ったシャルロットは、いぶかしげな表情でこちらを見る彼を見つめた。
「時を経て叶う想いがあってもいいよね、許されるよね?」
言ったのは、ただそれだけだった。
その言葉に、デュランは目を見張る。彼も気付いたのかもしれない、デュランとシャルロットの想いが似ていることに。
「―――あって、いいんじゃないか」
デュランが焦点を合わせているのは、シャルロットの背後。広大な空を背景に突き立つ形見の剣。シャルロットも視線を追うように後ろを振り返る。
最後に眼下にやや小さく見えるローラント城を見下ろして、シャルロットは静かに祈った。
何十年、何百年、経ってからでいい。
いつか、あたし達の想いが、あの人達に届きますように。