ふとかすかな気配が近づいてくるのを感じ取って、デュランは本に注意を向けたまま思わず身構える。
「Merry X'mas!」
突然耳元で乾いた破裂音が炸裂し、デュランは強烈な音量に目を丸くした。予想外の不意打ちに飛び上がらなかっただけでもいいだろう。
間を置かず、細長いひも状のものが紙ふぶきを伴ってデュランの視界をふさいだ。本の文字を隠すようにはらはらと小さな紙が降ってくる。
「……ホークアイ」
頭から目の前に垂れ下がる何かをむしりとると、デュランは横合いにいる同い年の青年を睨みつけた。
そこにはデュランと正反対に癖のない髪を一つにまとめた男が円錐形のものを片手で持ったままにこやかにしゃがみ込んでこちらを覗いている。
「あ、これはさすがに驚いたか」
悪戯成功、とばかりににかっと笑うホークアイの手元にはクラッカーが握られていた。一体どこから手に入れてきたのやら、デュランは呆れてしまう。
「一体何なんだ?」
「いや、そりゃもう年の暮れ、街は雪に包まれて、手にはクラッカー、さっきの合言葉といえばあれしかないでしょう」
妙に詩人めいた台詞を流れるように言いながら、ホークアイは空っぽになったクラッカーを勢い良くデュランに向かって突き出した。
「少し息抜きにクリスマスパーティとでも洒落込まない?」
ホークアイの台詞を反芻するのに数秒、咀嚼するのに数秒、そして理解するのに数秒かかった。
「……は?」
思わず間抜けな声を出したデュランを余所に、ホークアイは笑顔で続ける。
「やー、神獣も何とか半分やっつけたことですし、ここらへんで一息いれたらどうかなー、と思うわけですよ」
「だからってクリスマスかよ」
「まあ別にクリスマスじゃなくても馬鹿騒ぎできればそれでいいけどさ、今リースと買出ししてきたらちょうどもらったんだよね、こいつを」
そう言いながらホークアイがデュランの座るソファの影から引っ張り出してきたのは鉢植えの小さなツリー。小さいとはいえホークアイの膝丈くらいまではある。横には飾りが詰め込まれてでもいるのか白い小袋が置かれている。
「ツリー? ……ああ、くじ引きか?」
「正解! ちょっと買い物量が多かったからな」
一発で当てたんだ、とホークアイは少し自慢げだ。確かに、とデュランも納得する。
小さいものだが、質がいいものだとわかる。袋の中身も相当手の込んだものに違いない。
「さすが盗賊だな。運のよさは半端じゃない」
「いやそこはあえて義賊だと訂正させて欲しいんですが」
「デュラン、ホークアイ、ケーキなんですけど……甘くないほうがいいですか?」
二人で他愛ないやり取りをしているところにふと割り込んだのはすっかりなじんだ少女の声。振り向くと、薄い本を片手にリースがこちらに向かってきているところだった。
どうでもいいが、揃いも揃って前置きを省いて核心から話し出すのは止めてもらえないだろうか。話がさっぱりつかめない。
デュランは肩を落としてリースに向き直った。が、デュランがその質問の意味を確認する前にホークアイがにこやかに返答してしまう。
「あ、いいんじゃない? デュランは甘いの駄目だもんな。甘くないケーキってどんなもんか知らないけど」
「やりようで何とでもできますよ。お酒を入れてもいいわけですから」
「あー、いいね。折角のクリスマスだし、ちょっとくらいお酒が入っても」
話題についていけないデュランを置き去りに、リースとホークアイはケーキの種類について盛り上がり始めた。リースが持っていた本を広げてあれこれ語り始める。どうやらあれはケーキの本か何からしい。
クリスマス、というのはわかった。ホークアイが運良くツリーを入手してきて、息抜きにパーティでもしようと言われたわけだが……。
「っつーか、パーティは決定か!?」
「なんだよ、嫌なのか?」
「別に嫌ってわけじゃねぇけどよ」
ホークアイの質問にデュランは間髪いれずに答える。たまには息抜きも必要だとは思う。フォルセナにいたときは伯母と妹とでささやかながら毎年クリスマスを祝っていたから、それも思い出されて懐かしい。
問題点はひとつ。
きょとんとしている二人を見て、デュランはため息を吐いた。
「つまり料理を作るのは俺ってことだろ、それは……」
「ああ、そりゃもう決定事項なんで」
他に誰がすんのさ、とホークアイは当然とばかりに笑う。クリスマスに料理となれば相当手の込んだものを要求されるわけだろうし、おそらくそれはリースには無理。ホークアイならできるだろうが絶対にやらないだろうことはわかっている。簡単に予測できる事態だ。
「デュランが作る料理が一番美味しいじゃないですか」
リースにまで満面の笑みで追撃され、デュランは思わず頭を抱えたくなった。
「ツリーもらったときにさ、リースと話したんだよ」
沈黙を破って、ホークアイが突然話し出す。
「俺たち、世界が危ないって神獣と戦ってるわけだろ? でも世の中の人たちはそんなこと全然知らなくて、クリスマスとかささやかに楽しんでるんだよなって思ったら、俺たち三人だってたまには楽しんだっていいんじゃないか……ってさ」
「一日くらい使命を忘れて休んでもいいですよねって、二人で言ってたんです」
たまには良いでしょう?
急きたてられるように前ばかり向いていても、自分たちが力尽きてしまう。
たぶん二人がデュランに言いたいのは、そういうこと。
「……しゃあねぇなあ」
髪をかきながら、デュランは笑みを浮かべて呟いた。
この二人には勝てない、と常々思う。デュランが聖剣の勇者として押し隠そうとしているものをあっさり見抜いてまるで自分たちの我侭のように振舞うから。それで救われることもあるのだ。
「たまには馬鹿騒ぎするか?」
デュランの一言に拍手が沸いた。ホークアイとリースが満足そうに手をそろえている。
「そーこなくちゃ!」
「楽しみですね!」
一体何かな、どうせなら鳥の丸焼きとか食べたいな、とやけに楽しそうに話す二人を見て、デュランは苦笑した。さして歳の差はないはずだが、今の表情は子供のようだ。
「まー美味しけりゃ何でも良いや」
「おぅ、愛情込めて作ってやるから楽しみにしてろ」
結論を出したらしい二人にデュランが言ってやると、リースがいたずら気に目を輝かせた。
「あら、じゃあ私も負けていられません。目一杯気持ちを込めてケーキ作ります」
「じゃあ俺は二人への愛を込めて完璧な飾り付けをしようじゃないですか」
白い袋から取り出した飾りを広げながらホークアイが続く。
しばらくの間のあと、デュランは噴出した。実はわざわざ馬鹿騒ぎなんて改めなくても、普段からこんな調子のような気がする。
「ほんと、馬鹿ばっかりやってるよな」
呆れながらも、それでもこんな時間が悪くないと、デュランは知っている。
「このクリスマスツリー、どうするつもりなんだ?」
「あ、それは持ち運びもかさばりますし、この宿に寄付していったら良いんじゃないかと思うんですけど」
「普段使うものじゃないからな。まーこの重さなら投げつけたらけっこうな威力だとは思うけど」
「……ホークアイはともかく、リースの案でいいんじゃないか」
たぶんこの三人だからこれから先も頑張っていけるのだと、そう思った。
END
2007.12.24