竜の王国シリーズ

女神に贈る竜の宝珠


参 魔物を封じる方法


 手続きが終わればすぐに戻れる、と話していた獅苑は、だが十日ほど経ってもなお姿を現さなかった。
 国のあれやこれやは里珠が思っている以上に面倒なことらしい。やはり手続きに時間がかかっているのだろうか。それとも何か別の仕事でも与えられてしまったのだろうか。
 急がなくてもいいとは、里珠も口にした言葉だった。
 それでも、思っていた以上に獅苑の言葉を信頼しすぐに戻ってきてくれると期待していたらしいことに里珠は気付く。
 思い出したように村の入り口へ足を運び、飛竜が来た都の方角を眺めてみたりする。
 そこに何も影も見えないことにほんの少しだけがっかりして、里珠は何となく重い足取りで家に戻るのだ。気付けばそんなことを日に何度も繰り返している。だが、求めるものがそこに現れることはなかった。
 代わりに襲来したのがここ最近姿を潜めていた魔物だった。三日連続村近くに現れて襲い掛かってくるにつき、しばらく魔物が静かだったことにようやく気が付いた。
 里珠が獅苑と出会った日から数日前までは村人が魔物の影を見つけることすらなかったのだ。呼び出されることがなかったから、こうして獅苑が戻ってくるのを待ち続けていられたのである。



(どうしたんだろう。今まで来なかった分、なんかひどくなってる……?)
 里珠は今までのように武装して森の中に入り込んでいた。今日は朝早く村近くに現れた魔物一体を他の村人たちと協力して倒したばかりだったというのにすぐに奇怪な咆哮が聞こえたとの報告があって慌てて出てきたのだ。
 一人で戦うことにはかなりの不安があるのだが、今朝のひと騒動で村の男衆もかなり疲弊している状態だったのでさすがに言い出しにくかった。
(油断しないようにしないと……気を付けて行こう)
 せめて、村を襲う道筋からは外さなければ被害が大きくなる。今の西封村を襲われてはひとたまりもない。
 いつもとは比較にならない緊張を抱えて、里珠は魔物の咆哮に耳を澄ませた。今度は小高い木の上に潜んで様子を窺う。巨大化した魔物たちには正面からでは対抗しようがなく、結局この間と同じ頭上をとる作戦で行くしかないのだった。
 魔物たちは同じ方向から現れる。何度も巨体が通過し木々がなぎ倒されて作られた道。ここがおそらくは獣道のようになっているとふんで里珠は待ち伏せていた。
 びりびりと耳を叩く咆哮は少しずつ大きくなってくる。
 地を揺らし響いてくる足音に里珠は唾を飲み込んだ。間合いを外しては致命的だ。
 空気を震わす咆哮、轟く足音、目の前を通過していこうとするのに合わせて、里珠は勢いよく枝を蹴って飛び降りた。
「……成功っ!」
 なんとか魔物の背に跨ることに成功する。今度の魔物は、ねじくれた双角を持ち、首と四肢が短いことを除けば馬の姿をしていた。相変わらず目はひとつだ。
 すぐに開けた場所に飛び出す。木々の茂る中でより、こういうところでのほうが里珠も動きやすい。次に再び木々の間に突っ込む前に決着をつけなくては。
 持っていた長槍を勢いよく返すと、里珠は一撃額に向かって突き刺した。
 先ほどとは違う咆哮が上がり、魔物は高く前足を上げて里珠を振り落とそうとする。飛竜に乗っていた時の感覚が蘇り、里珠は膝を使って魔物の背にしがみついた。
 痛みの衝撃か魔物は進行方向を右へ変える。これで西封を襲うことはないはずだ。あとは何とかして足を止めさせるしかない。あの時と同じように目を狙えばいいかと跳ね上がる魔物の背で里珠は腰の長刀を抜いた。
 別の咆哮から響き渡る咆哮。
 そちらへちらりと横目を向けて、里珠は唖然とした。
「もう一体!?」
 二体同時に現れるなど、今まで一度もないことだ。この数日の間に何があったのか。
 一体目と同じような姿をした馬の魔物が、里珠に向かって突進してくる。しかもあちらのものは額の中央に太い角を持っていて、それを狙い定めるかのように里珠に向けているのだ。
 刺される……!
 それは奇跡的な判断と瞬発力だったといっていい。
 咄嗟に里珠は身を後ろに逸らし、そのまま魔物の背から後方に落ちたのだ。幸いにして下は草だらけの地面だった。とはいえ、頭は守ったものの里珠は背中をしたたかに打った。
 その無茶苦茶な行動が功を奏したようだ。
 背中の痛みに耐えて跳ね起きた里珠が見たのは、魔物の同士討ちだったのだ。
 突進してきた一角の魔物は里珠が跨っていた魔物の横っ腹に容赦なくその角を突き刺していた。まさか同種にそんなことをされるとは思わなかったのだろう、刺された側は悶絶し角を抜こうと暴れまわる。
 二体が混乱の極致にいる間、里珠は地面に落ちていた長刀を拾い上げて急いで後方へ下がる。このままでは一息に潰されかねない。
 刺さった角が抜け魔物が体勢を整える頃には、不意を突かれない程度の距離は稼いでいた。
 しかし、地面に降りてしまった。相手は二体。手元には長刀のみ。槍は一体目の頭に刺さったまま。明らかに不利な状態だ。
 意図的ではないとはいえ同士討ちする羽目になった魔物二体は、完全に怒りの矛先を里珠に決めたらしい。一つ目の顔からはさっぱり様子がわからないが、その目は確かに里珠をとらえている。
 今までになく心臓が踊りだし、里珠は思い切り息を吸い込んだ。



 風を切る音が聞こえる。ほぼ間を置かずに空から矢が降ってきて、魔物たちの顔に突き刺さった。 
「里珠殿、大丈夫か!?」
 上空に影が差し、太陽の光を遮る。この声、と思った途端に里珠の肩から力が抜けた。
 声の主を追いかけて里珠が空を仰ぐのと、低く迫ってきた飛竜から人影が落ちてくるのはほぼ同時だった。
「獅苑様」
 ちょうど魔物と里珠の間に降り立った青年に里珠は呼びかける。こちらの様子を窺うように一瞬だけ目が合った。
 それ以上言葉を交わすでもなく、獅苑は里珠に背を向ける。矢雨で怯んでいた魔物の一体がこちらに飛び出してきていた。獅苑は躊躇なく剣を翻す。
 光が二閃して、耳を塞ぎたくなるような咆哮とともに魔物が倒れ伏した。額に刺さっていた里珠の槍が転がる。
 ほんの一瞬の動きだった。
 ――強い。
 里珠は頬が紅潮するのを感じた。鮮やかな剣捌き。こんなに強い人、見たことない。
 呆気なく敗北した同種を見たせいか、残り一体はわずかに後退し獅苑の様子を窺っている。それでも牙を見せて威嚇するのは止めない。首をもたげ、額の角をゆっくりこちらへ向けていくのを見て、里珠ははっとした。
「獅苑様、角で攻撃してきます!」
 魔物が地を蹴り突進するのと、獅苑が飛び出すのと、里珠が叫んだのはまったく同時で。
 次の瞬間、里珠は洗練された舞を見たと思った。
 獅苑はわずかな重心の移動で魔物の突進を避け、勢いのまま通り過ぎる魔物の胴体を切り裂いた。間をおかず刃を翻し背中を切り払う。魔物は失速したものの勢いが止まらず、里珠が危なげなく避けた先を駆け抜け、生い茂る木々の合間に突っ込んでいった。
 足場を揺らされ驚いた鳥たちの羽ばたきが消え去ると、あとには静けさだけが残る。

 剣を払って鞘に納めると、獅苑は里珠のもとへ歩み寄ってくる。
「大事ないか、里珠殿」
 だが、里珠は返答できなかった。今の獅苑は剣を持っているだけで武装などしていないが、その簡素な恰好からのぞく腕と首元に真っ白な包帯が見えたのだ。
「それは……」
「里珠殿?」
「怪我してるんですか」
 里珠に言われて獅苑は今思い出したような顔をする。
「ちょうどここから都を挟んで反対側にも、ずいぶん前から魔物が現れるようになっていてな。しかもこの頃は強いやつが多くなってる。あっちには主要な街道も多いから、俺も借り出されたんだ。急なことだったから油断したな」
 獅苑の言葉に里珠は驚いた。魔物が多く現れるのは彼女の住む地域だけではなかったのだという。
 しかも獅苑が今挙げた地域は、栄華を極める帝国や貿易盛んな国と繋がる要衝である。そこが魔物に襲われているなら国として緊急性が高く、兵士を送り込むのも当然である。
 そしてそちらに獅苑が招集されたというのも里珠はわかる気がした。里珠があれだけ苦労する魔物をあっという間に倒してしまうその強さ。魔物と戦う者たちにとってはいるだけでも頼りになるだろう。
 これだけの人がそれでも怪我をするのだから、先の地域はとてもひどい状況になっているのではないか? そんな状況で、この人はここへ来ていたのだろうか?
 里珠がようやく言えたのは、これだけだった。
「ここだけじゃなかったんですね」
 魔物が跋扈していたのはこの地域だけではなかったという事実。獅苑が人手を割けないと言った理由がようやく理解できた。自分が住む場所が、国全体から見れば優先度の劣る場所だというのは嫌でもわかるからだ。
「……ああ、そうだ。だがそれがここの魔物を放置していい理由にはならない」
「それはとても嬉しいです。でも、そちらの方は大丈夫なんですか。獅苑様がここに来て……」
 獅苑はそう断じるが、里珠としては考え込まざるを得ない。そこまでしてここを護ろうとするのは、どんな理由があるのだろう。獅苑にそう言ってもらえることは、里珠にとってはひどく嬉しいことだったのだけれど。
「あらかた片づけたから、心配することはない。あとは俺がいなくてもなんとかなる。だが、ここは俺が来なければどうにもならないだろう。先ほど見つけたときは肝が冷えたぞ」
 確かに、獅苑が来てくれたから里珠は助かったのだ。獅苑なしで二体を撃退できたかどうか。助けられたのは二回目だ。
 里珠が慌てて礼を言うと、獅苑は気にするなと笑う。

「遅くなって申し訳なかったが、その代わりいい知らせがある。魔物が現れる空間の『扉』を見つけた。おそらくはこちらにもどこかに同じものがあるはずだ」
 獅苑の言葉に里珠は閃く。
「あの地図で見つけた方向ですね」
「そうだ。越境した場合の許可も得てきたし、早速行ってみるか?」
「はい!」
 里珠が勢いよく返事をすると、獅苑はおかしそうに笑い、頭上を仰ぐ。呼応したのか空を自由に舞っていた飛竜が翼の音も勇ましく獅苑の傍に降りてきた。
 飛竜の背にあったのはこの間の一人用の鞍でなく、もっと大きなものだった。獅苑の手を借りてまた飛竜の背に乗る。あのときは慣れるまで大変だったけれど、今日はきっと大丈夫だ。
 怖さも不安もまったく感じない。
 獅苑に導かれる前に、里珠はその背にしがみついた。この人についていけば大丈夫。必ず助けてくれる。村で待っていた時の不安も焦燥も今は霧散していた。
 風に乗り、遙か高みから森を越えていく。すべての集落に現れた魔物が来た場所へ向かうのだ。
「扉、と言ったが正確には空間が歪んだ場所だ。この辺は俺では詳しくはわからないが、歪んだことで遠くの場所と繋がるらしい。そこを魔物が通ってくる」
「それがなくなれば、魔物は現れないということですね」
「理論上はそうなる」
「なくすことはできるんですか」
「できる。俺が招集されたところにも空間の歪みがあったが、閉じることができた。同じ方法でできるだろう」
 その言葉に里珠は安堵の息を吐いた。みんなが安心して過ごせる方法は、どうやら見つかったようだ。

 確認していた魔物が現れた方角へ真っすぐ向かっていくうち、空気が帯電してきたような気がした。
「……空間の歪みがあるな」
 獅苑の低い声に、里珠はわずかに身を乗り出して前を覗き込む。相変わらず眼下に広がるのは勢いよく後方へ遠ざかる森の緑と空の青ばかり。ところどころに突出した高木が見えるが、飛竜の飛ぶ高さから見れば大した問題ではない。
 特に異変は見つからない。里珠が感じるのはせいぜい落雷の直前のような空気だけだ。
 獅苑にはそれがわかるのだろうか、迷いなく飛竜を進めていく。前へ行けば行くほど周囲の空気が張り詰めていって、里珠は思わず獅苑の服をつかんでいる手に力を込めた。
「あれだ……」
 獅苑の指し示す、前方の一点。それはただの森の一角のようであり、だがあるべき木々が幻のように朧ろでもあり、暗黒の深淵に落ち込んでいるようでもあって、獅苑の指先を追っていた里珠はそれを視界に捉えた瞬間眩暈がした。
 あれが、空間の歪み。魔物たちが現れるという『扉』。
 獅苑は腰にあった矢筒から一本の矢を取り出した。やけに装飾の多い、途中に鈴のついた矢だ――たぶん武器ではない。
 里珠の視線に気づいたのか、獅苑はわずかに振り返って笑ってみせる。
「これは神事用の矢だな。本来はいくつかの手順を踏んで呪いを行って空間の歪みを元に戻すんだが、無理を言って同じ効果のあるものを作ってもらった」
「それを打つだけでいいんですか」
 なんという呆気ない。二年間の苦労が、この一手だけで解消されるというのだろうか。
「もちろん、誰にでもできるものじゃない。この矢が本来の力を発揮するには特別な射手が必要だ」
 飛竜がゆっくり旋回していく。獅苑が矢をつがえ弦を引き絞っていくのを、里珠は黙って見つめていた。そう、これは確かに儀式なのかもしれない。
 たっぷり一呼吸分の間をおいて、獅苑が手を離した。
 矢は吸い込まれるように『扉』だという空間の歪みの中心へ消えていく。鈴の音が高らかに鳴った。

 あたりを包んでいた空気から一気に湿気と緊張が霧散した。圧し掛かっていたものが消えて、里珠はふっと息をく。
 鈴の音が一度鳴ったきり、あとは静かなものだった。魔物の咆哮も聞こえてこない。
「もう大丈夫だろう」
 獅苑の言葉に里珠がそちらを見ると、振り返った彼の瞳とぶつかった。力強い頷きを返される。
「魔物は、もう出ないんですね」
「既に扉を越えて来たものは倒すしかないが、それ以上に増えることはないはずだ」
 隠れ潜んでいる魔物がどれほどいるかは判断がつかないが、と渋い顔で獅苑は言ったが、里珠にとってはそれでもう充分だった。
 戦うだけ数が減るのなら、自分たちで何とかなる。それだったら各集落の若衆も動かせるだろう。
 里珠はようやく安堵の笑顔を浮かべることができた。
「早いうちに村へ報告しよう。その方がいいだろう」
 その提案に里珠は同意し、そのまま飛竜の方向を変えて西封へと向かうこととなった。 



 里珠たちの運んだ吉報は村人へも笑顔をもたらした。すぐさま早馬や連絡係が手配され近隣の村へと出発していく。あまりの沸きっぷりに今すぐにでも宴の一つでも始まりそうな勢いだった。
 辺りが盛り上がる中、里珠は獅苑の袖口をつかんで呼びかける。
「獅苑様は、この体ですぐ都へ戻るのではないですよね」
 腕に巻かれた包帯は痛々しい。剣を振るって魔物を倒したときも飛竜に乗り降りするときもまったく普通だったが、やはり怪我人であるはずだ。何もない村ではあるが尽力してくれたことにお礼だってしたい。
 それでも獅苑があのときのようにすぐさま都へ帰ってしまうような気がして、里珠は思わず動いてしまったのだ。
 突如姿勢を崩された獅苑は一瞬驚いたようだが、あの優しい笑みを浮かべると静かに頷いた。
「さすがに疲れたな。少し休ませてもらってから戻るとしようか」
 獅苑のその言葉を聞いて、村長たちが慌てて動き出した。里珠も呼ばれてもてなすように言いつかる。まずはその埃まみれの服を着替えてちょっと見栄え良くして来いとお小言付きで。
 里珠は一旦家に戻る。家で鏡を見てみると確かにちょっとあまりにもなぼさぼさ加減ではあったので慌てて身支度を整えた。――つまり、この状態で獅苑に再会したのか。
 獅苑をもてなす役目を自ら申し出るつもりでいた里珠はご機嫌でお茶の用意を始めた。簡素なお茶請けも用意して、案内された広場で飛竜と共に休んでいる獅苑のところへ持っていく。
「それは、里珠殿が入れてくれたのか」
「はい、大したものじゃないですけど」
 村の中では上等な部類だが、何でも揃う都と比べれば質素なものだろう。それでもこの村と里珠の精一杯の礼だ。
「いや、充分だ」
 里珠が差し出したものを獅苑が嬉しそうに受け取ってくれたから、里珠は何となく幸せな気分になる。獅苑は湯飲みを手にすると口をつけた。
「今まで飲んだことのあるものの中で一番美味いな」
 お世辞かもしれなかったけれど、里珠はその言葉だけで充分だと思った。お茶請けもどうぞと勧めると、何を思ったのか獅苑はそれを二つに分けて里珠に向かって差し出してくる。
「こういうのは一緒にいる者で分け合ったほうが美味いものだぞ」
 少し迷ってから、里珠はそれを素直に受け取って獅苑と一緒に食べることにした。
 この人のことを何も知らない。獅苑という名前と、都の人、国の中枢に近い人、飛竜に乗れるくらいの人――ということしか知らない。
 そんな人にお茶請けの菓子の名前を聞かれて、作り方やどんな時に食べたりするのか説明するのは楽しかった。他愛のないことでもこうして時間を共有できるのが里珠にとっては心地よいことだったのだ。
 あのどのくらいこうしていられるだろう。
 ほんのひとときの縁だ。魔物の発生を断つという仕事が終われば、たぶん獅苑と会うことはないだろう。
 ふいに会話が途切れる。
「里珠殿は……」
 里珠は獅苑の顔を見た。魔物を見るときとはまた違う強い光が瞳に宿っていて、里珠は思わず息を呑みこむ。その強い力で獅苑は里珠を見つめていて、不思議に里珠の動きを束縛する。
 呼吸を止めてその言葉の続きを待ったが、獅苑は視線を逸らして苦笑いをこぼしただけだった。
 何を、言おうとしたのだろうか。
「そういえば、先ほど村長が言っていただろう」
 明らかに話題を逸らして、獅苑は先ほど村長が喜びと共にこぼした事実について掘り返してきた。
「急に魔物が出るようになったというのは?」
「獅苑様がここに来た日から何日かは、全く魔物が現れなかったんです。でも、それを過ぎたら今度は出てくる頻度が増えて毎日……一日に何回も襲われることもあって……」
 里珠の説明に獅苑は考え込む様子を見せる。しばらくして顔を上げると、獅苑は隣にいた飛竜を見上げた。当の飛竜が、呼応して首をかしげるような動きをしたのが妙に可愛い。
「もしかすると、こいつがいたせいかもしれないな。竜と魔物は敵対しあう同士だから」
 飛竜がいたことで牽制になった。が、その分いなくなったことによる反動もあったということだ。
「『扉』がないならあとは魔物の数も限られるだろうが……、飛竜が牽制になるなら定期的に見回るのがいいかもしれないな。そのくらいはさすがにできるだろう」
 そのくらいは、というのは最初に言っていたこの地域に人数は割けないという話だろう。それはきっと破格のことなのだろうと思う。
「みんな安心すると思います。ありがとうございます」
 里珠はみんなを代表するつもりで礼を言った。


「里珠殿は、この後も魔物退治に出るんだろう?」
 獅苑の問いに里珠は頷いた。それなら、と獅苑は荷物を探って何かを取り出す。里珠に向かって差し出されたのは、控えめに装飾のついた細身の短剣だった。
「……これは?」
「俺が昔使っていたものだ。竜王の加護とまではいかないが、飛竜の鱗が使われているから多少は牽制になるかもしれない。残りの魔物と戦うときに役に立てばいいが」
 高価なものではないし、良ければ使ってほしい、と獅苑は言った。
 言葉のままに里珠はその短剣を受け取った。そこに含まれるものがなんであったとしても、それは獅苑から里珠へ分けられたものだ。嬉しくないはずがなかった。
「ありがとうございます。大事にします」
「肝心な時には使っていただきたいが」
 獅苑の苦いものが混じったような返答に、里珠は思わず笑う。
 壊さないように気を付けよう、と里珠は思って手元の短剣を眺める。ところどころにはめ込まれた硝子のような透明な玉が陽の光を浴びて煌めいていた。

改稿版 2020.3.14

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