聖剣3 デュラン×リース

物語より切ない


2.運命の日―――1週間前。



 笑ってる、二人を見るのが好きだったんだ。
 デュランも、リースも、とっても幸せそうで。
 自分が一緒にいて笑ってるわけじゃないのに、見てるだけであったかい気分になれた。
 二人はこれから先もずっと一緒にいるんだと思ってた。
 そんなときに届いた、結婚式の招待状。
 考えもしなかった、名前が並んでた。
 旅の間に、シャルロットに教えてもらった。
 結婚っていうのは、好きな人とずっと一緒にいるために、好きな人とするものだって。
 だから、知らせを聞いたとき、びっくりした。
 獣人王にも聞いてみたことがある。
「そうだな……好きな人と…結婚できるなら、きっと幸せだろうな」
 そう答えてくれた。
 母さんのこと好きだった? とも聞いてみた。
 獣人王は……父さんはしばらく黙った後、静かに頷いた。
 何だか嬉しかった。
 だから。
 だから、信じられなかったんだ。





 天井を見上げながら、リースはぼんやりと考え事をしていた。
 枕元の卓に投げ出された、恐くてどうしても封を切れなかった手紙……差出人は連名。
 国家の情勢を逐一知る立場にいる自分が、手紙が届く前に知ってしまったこと。
 文章で現実化されたその事実を、直視することが恐くて。
 おそらく仲間たちはみな集まっているはずだ―――フォルセナに。彼らを祝福するために。
 だが、自分は。
 祝福など、できるわけがない。
(誰を、責められるわけでもないのにね……、悪いのは、私なのに……)
 全ては自分の責任。
 言わずにいたのは、告げずに心の奥に秘めたのは他でもない自分。
 話を振られても、興味のない振りをして、本当の気持ちを押さえ込んで。
 けれど、そうしている間に、逃れられないところまで来てしまった。心の全てに静かに根を張った想いは、たとえ大切な友人であってもその幸せを祈ることを許さなかった。
 彼女の相手が、デュランだった―――ただそれだけのために。
 寝台に力なく横たわったまま、リースは焦点の定まらない瞳で窓の外に目を向ける。
 窓は明け放たれていたが、風は一寸たりとも吹き込んでこなかった。
 ―――お願い、今は、吹かないで。わかっているわ、わかっていることだから。
 風は世界を渡る。世界中の人々の願い、想いを運ぶ。一度滅びかけ、信頼関係を失った国々がどれだけこの結婚を重んじているか、風が伝えてしまう。それを知ってしまえば、リースはローラントの王女として、二人を祝福しなければならないのだ。
 王女として、女として。矛盾する思考が、常にリースの全身全霊を蝕んでいた。
「リース様。ご友人がいらっしゃっていますが」
 遠慮がちに扉をたたく音がし、アマゾネスの声が、逃げ出せない現実を教えてくれる。
「……わかりました。すぐ行きます」
 私にどうしろというの? 私にどんな顔をして、その場所に行けというの。
 夢で終わってしまえばいいのに―――。
 全てが終わり別れる前に、二度と忘れないと目に焼き付けた青年の後ろ姿の幻は、決して彼女を振り返らなかった。

「……ケヴィン?」
 応接室に入ると、そこのソファに落ち着かなげに座っているのはケヴィンだった。声をかけられて、慌ててケヴィンは立ち上がり、リースの方を向く。
「あ……、リース、久しぶり……元気、だった?」
「え……ええ、ケヴィンも、元気そうですね」
 二人が顔を合わせるのは実に1年半ぶりだった。マナの剣を巡るあの事件から、既に2年が経過している。その間に、いろんなことがあった。
 思い出されることが懐かしくて、二人で他愛ないおしゃべりをたくさんした。心にあった辛いことも、しばらくの間だけは忘れていられた。
 そう、しばらくの間だけは。
「しばらく会わないうちに、背が伸びたんじゃないですか?」
「ああ……うん、そうなんだ。どこまで伸びるんだろ?」
「獣人王も背が高いですからね……ケヴィンもあのくらい伸びるかもしれませんね」
 リースはケヴィンを見上げて笑った。一緒に旅をしている間は、さほど顔を上げなくても話ができたのに、今は少し目線が上にある。
 そう、まるで―――。

 まるで、彼と話しているみたいに。

 急に表情の消えたリースの顔を、ケヴィンは心配そうにのぞき込んだ。
「リース……」
 ―――貴方は。貴方は、知っているのね。だから私のところに来たのね。
 何かを言いに来て、そして言い出せない様子のケヴィンを見て、リースは悟った。
「……迎えに来てくれたんでしょう、私のこと?」
 ケヴィンは黙りこくった。しかし、それが肯定の印だった。
 リースに届けられた招待状の宛名は、『ローラント王女』。彼女はローラントの代表として、結婚式に出なければならないのだ。
 それが、世界の、安寧の、ため。
「そう……みんな、心配してる。だから、オイラ……」
「ありがとう……でも、大丈夫……」
 わかっていた。どう抗っても、逃れられないこと。
 今さら、抵抗したところで、何が変わるわけでもないこと。
 そんなに耐えられないのならば、そうなる前に、自分が動けば良かったということ。
 今はもう、祝福することしかできないということ。
 そう……二人を祝えば、誓う場を見れば、何もかも諦めがつく。そんな気がする。
 だから。
「大丈夫ですよ、行きますから……必ず」



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