2.運命の日―――1週間前。
笑ってる、二人を見るのが好きだったんだ。
デュランも、リースも、とっても幸せそうで。
自分が一緒にいて笑ってるわけじゃないのに、見てるだけであったかい気分になれた。
二人はこれから先もずっと一緒にいるんだと思ってた。
そんなときに届いた、結婚式の招待状。
考えもしなかった、名前が並んでた。
旅の間に、シャルロットに教えてもらった。
結婚っていうのは、好きな人とずっと一緒にいるために、好きな人とするものだって。
だから、知らせを聞いたとき、びっくりした。
獣人王にも聞いてみたことがある。
「そうだな……好きな人と…結婚できるなら、きっと幸せだろうな」
そう答えてくれた。
母さんのこと好きだった? とも聞いてみた。
獣人王は……父さんはしばらく黙った後、静かに頷いた。
何だか嬉しかった。
だから。
だから、信じられなかったんだ。
天井を見上げながら、リースはぼんやりと考え事をしていた。
枕元の卓に投げ出された、恐くてどうしても封を切れなかった手紙……差出人は連名。
国家の情勢を逐一知る立場にいる自分が、手紙が届く前に知ってしまったこと。
文章で現実化されたその事実を、直視することが恐くて。
おそらく仲間たちはみな集まっているはずだ―――フォルセナに。彼らを祝福するために。
だが、自分は。
祝福など、できるわけがない。
(誰を、責められるわけでもないのにね……、悪いのは、私なのに……)
全ては自分の責任。
言わずにいたのは、告げずに心の奥に秘めたのは他でもない自分。
話を振られても、興味のない振りをして、本当の気持ちを押さえ込んで。
けれど、そうしている間に、逃れられないところまで来てしまった。心の全てに静かに根を張った想いは、たとえ大切な友人であってもその幸せを祈ることを許さなかった。
彼女の相手が、デュランだった―――ただそれだけのために。
寝台に力なく横たわったまま、リースは焦点の定まらない瞳で窓の外に目を向ける。
窓は明け放たれていたが、風は一寸たりとも吹き込んでこなかった。
―――お願い、今は、吹かないで。わかっているわ、わかっていることだから。
風は世界を渡る。世界中の人々の願い、想いを運ぶ。一度滅びかけ、信頼関係を失った国々がどれだけこの結婚を重んじているか、風が伝えてしまう。それを知ってしまえば、リースはローラントの王女として、二人を祝福しなければならないのだ。
王女として、女として。矛盾する思考が、常にリースの全身全霊を蝕んでいた。
「リース様。ご友人がいらっしゃっていますが」
遠慮がちに扉をたたく音がし、アマゾネスの声が、逃げ出せない現実を教えてくれる。
「……わかりました。すぐ行きます」
私にどうしろというの? 私にどんな顔をして、その場所に行けというの。
夢で終わってしまえばいいのに―――。
全てが終わり別れる前に、二度と忘れないと目に焼き付けた青年の後ろ姿の幻は、決して彼女を振り返らなかった。
「……ケヴィン?」
応接室に入ると、そこのソファに落ち着かなげに座っているのはケヴィンだった。声をかけられて、慌ててケヴィンは立ち上がり、リースの方を向く。
「あ……、リース、久しぶり……元気、だった?」
「え……ええ、ケヴィンも、元気そうですね」
二人が顔を合わせるのは実に1年半ぶりだった。マナの剣を巡るあの事件から、既に2年が経過している。その間に、いろんなことがあった。
思い出されることが懐かしくて、二人で他愛ないおしゃべりをたくさんした。心にあった辛いことも、しばらくの間だけは忘れていられた。
そう、しばらくの間だけは。
「しばらく会わないうちに、背が伸びたんじゃないですか?」
「ああ……うん、そうなんだ。どこまで伸びるんだろ?」
「獣人王も背が高いですからね……ケヴィンもあのくらい伸びるかもしれませんね」
リースはケヴィンを見上げて笑った。一緒に旅をしている間は、さほど顔を上げなくても話ができたのに、今は少し目線が上にある。
そう、まるで―――。
まるで、彼と話しているみたいに。
急に表情の消えたリースの顔を、ケヴィンは心配そうにのぞき込んだ。
「リース……」
―――貴方は。貴方は、知っているのね。だから私のところに来たのね。
何かを言いに来て、そして言い出せない様子のケヴィンを見て、リースは悟った。
「……迎えに来てくれたんでしょう、私のこと?」
ケヴィンは黙りこくった。しかし、それが肯定の印だった。
リースに届けられた招待状の宛名は、『ローラント王女』。彼女はローラントの代表として、結婚式に出なければならないのだ。
それが、世界の、安寧の、ため。
「そう……みんな、心配してる。だから、オイラ……」
「ありがとう……でも、大丈夫……」
わかっていた。どう抗っても、逃れられないこと。
今さら、抵抗したところで、何が変わるわけでもないこと。
そんなに耐えられないのならば、そうなる前に、自分が動けば良かったということ。
今はもう、祝福することしかできないということ。
そう……二人を祝えば、誓う場を見れば、何もかも諦めがつく。そんな気がする。
だから。
「大丈夫ですよ、行きますから……必ず」