2.
リースは、デュランのことを吹っ切れてない。
デュランは、永遠の愛を誓ったアンジェラより想ってる人がいる。
二人とも―――。
結婚式の会場となる謁見の間。そこには既に数多くの客が集まっていた。
祭壇となる場所には、神官として婚姻に立ち会うヒースと、英雄王が控えていた。
ケヴィンたちは共に戦った仲間、そして国の代表として、来賓席である前方へと通される。何の因果か、ケヴィンはリースの隣に並ぶことになった。
リースは更に隣にいるシャルロットとなにやら話している。周りの客をはばかり小声で話しているので、あまりの周りの人の多さにどこか落ち着かずにいるケヴィンの耳にはほとんど入ってこなかった。
(リースは、今何を考えてるんだろう……)
ぼんやり思うのはそんなこと。
恋した人が、別の女性を伴ってこの神聖な場に現れる、その姿を目の前にして、彼女は何を思うのだろうか。
やがて、光の司祭が現れて、式の始まりを告げる。ざわざわと聞こえていた話し声がすっと掻き消えて、謁見の間は厳粛な雰囲気に包まれた。
入り口の扉が、真っ白な装束を身にまとった女性により―――たぶん光の神殿の女官なのだろう―――静かに開かれると、そこに二人の姿があった。
綺麗に磨き上げられた、聖騎士の正装である銀白色の甲冑を身につけ、胸には黄金の騎士を示す紋章を飾り、使い込まれややくすんだ銀白色のマントを身にまとうデュランと。
アルテナに積もる雪より白く柔らかに光を放ち、床へ裾を広げるドレスに身を包み、その美しい明るい赤紫の髪を隠すレースのヴェールからそっと顔を見せるアンジェラと。
二人並んだ姿が絵のように美しくて、ケヴィンは呆気に取られたまま神官ヒースと英雄王の待つ祭壇へと向かう彼らを見送ったのだった。
その視界の隅に映る微笑むリースの横顔。
(どうして、そんなに……)
笑っていられるの。あの二人を目の前にして。
リースの横顔は、張り詰めたような雰囲気のせいか旅していた頃の姿より美しくて、見ているケヴィンの方が、悲しみで痛いくらいだった。
デュランとアンジェラが祭壇の前で止まる。
二人の前に立つ英雄王が言祝ぎを与える。これはアルテナとフォルセナの友好の証。二つの国の未来の姿の象徴。魔法と剣技という相容れない文化を持つ子らが、手を取り合い共に未来を歩んで行くことの確かな誓いなのだ。
入れ替わるように二人の前に歩み出てきたヒースが、呪文を読み上げるような美しい声色でマナの女神への誓いを唄い上げる。
「―――黄金の騎士、デュラン。マナの女神の元に、永遠の愛を誓いますか?」
「―――はい」
一瞬の迷いもなく、デュランの口から誓いの言葉は紡がれた。
歯がゆい思いでそれを見つめていたケヴィンの横で、不意に空気が震える。はっと我に返ったケヴィンは、そっと横を盗み見た。
リースは柔らかな笑みを浮かべたまま、祭壇の前の二人を眺めている。
(リース……?)
空気が震えた。ほんの少しだけ空気が変わったと、ケヴィンは気付いた。彼の感覚は、それがリースの気配が何か変わったことを教えていたのだ。
(泣いてる―――)
何度も何度もリースの顔を見ていたケヴィンは気付いた。気付いてしまった。
リースの表情が、朝、みんなの前に見せた顔からまったく変わっていないことに。優しい笑みを浮かべているけれど、その表情に心はこもっていなくて。
張り付いた笑顔の仮面のその下で、彼女は確かに涙を流しているのだった。
「リ……」
ケヴィンが思わずリースに小声で呼びかけようとしたとき、謁見の間を包むほどの拍手が湧き起こる。
アンジェラがデュランに続いて永遠に変わることのない愛を誓い、その後確かな証が交わされたことによって、この瞬間、アルテナとフォルセナの悠久の繋がりが成立したのだった。
素直になればよかったのに。
二人とも、嘘つきだ―――。