聖剣3 デュラン×リース

その笑顔を取り戻したい


3.



 フォルセナ城中庭で行われた披露パーティは、もはや無礼講と言ってよかった。
 それぞれの六国代表、聖剣の勇者一行は、大勢の人の中で落ち着かないケヴィンのことを考え、料理が多めに配置されているテーブルを陣取ることにした。
 ホークアイとジェシカ、リースの三人はそこにあったカクテルで乾杯し、クラッカーを肴に談笑している。式の前、ケヴィンとシャルロットに話していたナバールでの緑化計画について、朝とまったく変わらない内容で(それこそジェシカのつっこみのタイミングもまったく同じで)話していた。
 ケヴィンは皿の上のジェシカが取り分け乗せてくれた料理を食べながら周囲を見渡す。
 黒山の人だかりの向こうに、様々な人に祝いの言葉を受けるデュランとアンジェラがいた。二人とも笑っていて、その笑顔はどこか似ていた。照れとはにかみと。
 ―――デュランとアンジェラは、幸せになるのかな。
 喧嘩も多かったけれど、でもうまくいくような気がする。
 だけど、リースは。
 表情を曇らせたケヴィンの服の裾が、くいくいと引っ張られる。見下ろすと、引っ張っているのはシャルロットだった。
「ケヴィンしゃん、お願いがあるんでちけど……」
「何?」
 シャルロットは自分たちがいるテーブルとは別のテーブルを示す。
「あそこのテーブルに、ここにないお料理が乗っかってるんでち。みんなの分もらってこようと思うんでちけど、シャルだけじゃ無理だから、手伝ってほしいんでち」
「いいよ」
 ケヴィンは頷いてシャルロットの後に続いた。デュランを一瞥してから。
(リースは、幸せになれないかもしれないよ……デュラン)


「あり? リースしゃんはどうしたんでちか?」
 ケヴィンとシャルロットが他のテーブルからくすねてきた戦利品を持ってもとの場所へ帰ってくると、そこにはホークアイとジェシカしかいなかった。
「お前ら、どこ行ってたんだ? しかも皿一杯に料理持って……」
 呆れた顔でケヴィンとシャルロットの手を見るホークアイに、ケヴィンは尋ねた。
「ホークアイ、リース、どこ行ったんだ?」
「リースさんなら、少し疲れたから、一度控室に戻ると言ってましたよ」
 シャルロットから皿を受け取りながら、ジェシカが答えた。その言葉にケヴィンは表情を曇らせる。
「ま、一応ローラントの代表だけど、こんだけ無礼講になってるんだ、多少席をはずしてても問題ないだろうからな」
 ホークアイは肩をすくめる。それを視界に入れながら、ケヴィンは既に歩き出していた。
「ケヴィン、どこに行くんだ?」
「オイラ、リースのところ行ってくる」
 語尾が紡ぎだされる頃には既に走り出す勢いで、ケヴィンは祝宴会場を後にした。


 ぎぃぃ……。
 旅の頃よりだいぶ高くなった身長よりもはるかに高い観音開きの扉を、音を立ててわずかに押し開けると、ケヴィンは獣人特有の柔軟さでその隙間から中に滑り込んだ。
 静かに閉めたつもりなのに、年季の入った扉はぱたんと自分の存在を主張し、磨き上げられた床と吹き抜けかと思うほどの高みにある天井に反響する。
 もしかしたら、自室にいるかもしれないと予想した彼女は、意外にも式が始まる前にケヴィンたちが談笑していたソファに身を落ち着けて、どこから持ち出してきたのかティーセットを広げて紅茶を飲んでいた。
 その表情に、式の間見せていた笑顔や穏やかさはかけらも残っていない。疲れきった、どこか寂しげな顔をしていた。
 ケヴィンは、そんなリースの顔を見ると、床に硬質な音を響かせることもなく―――彼やホークアイでなければ間違いなく足音が響いただろう―――彼女のいるソファへと近付く。
「―――リース」
 声をかけられたことに驚いたのか、リースは慌ててケヴィンの方を見た。いきなり誰かに声をかけられるとは思わなかったらしい―――あれだけ扉の音が響いたというのに、彼女はそれに気付きもしなかったのだ。
「ケヴィン、どうしたんですか、あなたまでパーティを抜け出して」
 リースはふんわりと笑った。旅の間見せていた穏やかな笑顔。ケヴィンには、もうその向こうの泣き顔しか見えなかったのだけれど。
「リースこそ。まだ、パーティ終わってない」
 ケヴィンの言葉は少し意地悪な音色で響き、リースは一瞬動きを止めた後に顔を上げた。
「……少し、疲れてしまったんです。ぎりぎりまで仕事をしてましたから、徹夜のし過ぎかもしれませんね」
 確かによく見れば、うまく隠したのであろう、化粧の下にうっすらと隈のようなものが見えなくもない。
 でも、違う。眠れなかったのだとしても、それは徹夜のせいではなくて。
 知っていれば誰しも察するであろうその理由を、ケヴィンは知っていた。
「……嘘つき」
 ケヴィンがその言葉を口にした途端、リースの笑みが凍りつく。
「正直に言えばいいじゃないか、オイラは知ってる、隠す必要なんてない―――」




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