3.
「……はーっ、ここも変わらないわね。ありがと、フラミー」
最後の言葉はここまで彼女を乗せてきてくれたフラミーに向けて、シャルロットは危なげなく岩場に降り立った。
何もない岩だけが転がる世界で最も天空に近い場所。
ローラント領バストゥーク山脈頂上、天の頂。
シャルロットの今日の最後の目的地。
遮るものもなく風が吹きすさぶ場所、天の頂のそのもっとも高い場所にそのものはあった。
今、シャルロットの視線の先にあるもの。
古ぼけた剣が深々と地に刺さり、その柄に結ばれた若草色のリボンが強風に無関係に緩やかになびいている。
きっと、彼の聖剣の勇者たち以外には意味のないものであろう。
その『古ぼけた剣』と『若草色のリボン』が何を意味するのかは彼らしかわかるまい。
この世界では結ばれなかった男女が、この世ならざる者になるときはもう一度巡り会うようにと、他の者と結ばれても絶えることのない想いを誓って残したものだ。
そうして誓われたその瞬間から、この剣とリボンは時を止めている。
だからこそ、これだけの強風になぶられながらも朽ちることがない。
「……でも、もういいよね。きっと二人ともどこかで出逢ってるよね」
願わくば、あたしも、そこでヒースと出逢いたい。
同じ時間を紡ぐことはできないから。今はヒースも老いてはいるけれど、健康そのもの。だけどそれは永遠には続かない。
デュランが逝ったように、リースが眠りについたように、仲間たちがこの世界を旅立つのと変わらない時期には、彼もあたしの傍を去るだろう。
今のあたしは、それを追うことはできないから。人間には持ち得ないこの長い時間を生きることのできる命を使って、あたしにはすることがある。
あたしたち六人で護ったこの世界を見守ること。
誰に頼まれたわけでもない、それでもあたしはしたいと思ったから。
だから、今はただ、ヒースが満足して待っていられるように、あたしのすべてで看取りたいと思ってる。
「あの頃みたいに笑いあって、幸せでいるよね?」
返答はない。
けれど、シャルロットは視界一杯に広がるその青空の向こうに、かつて見た幸せそうに笑いあう二人の姿を見たような気がした。
二人は、きっと―――絶対どこかで出逢ってる。
だから、これはもう要らないのだ。
シャルロットはそっと前へ進み出て、剣の前に手をかざした。ただ一言だけ呪文が紡がれて、止められた時間が動き出す。
風にあおられて、リボンが大きく翻る。
やがて何十年の後に、この剣とリボンは朽ちるのだろう。
その更に後に最後の聖剣の勇者もこの大地を去り、そして、更に時を重ねて、新たなマナの女神は目覚めるのだろう。
でもどうか、ここに刻まれた、切ないほどの想いはいつまでも朽ちることなく残りますように。
周りの風に吹かれ揺れるリースの形見を見つめて、シャルロットは満足そうに微笑んだ。
そうして、思い切りフラミーを呼ぶ。
「フラミー、ごめんね、やっぱりもう一ヶ所だけ行きたい所があるの! アルテナへ連れていって!」
彼女にも伝えなければ、きっと巡り会えたはずのデュランとリースのことを。
きっと彼女は、笑顔で喜んでくれるはず。
さあ、早く、アンジェラのところへ。
そして誰も訪れることのなかった天の頂に、聖獣の鳴き声が響き渡ったのだった。