おじいさまとおばあさまが大好きでした。いつも一緒にいて、仲が良くて、いつか誰かに恋をしたら、こんな二人になりたいと思うほど、大好きで。
だから。
どうして。どうして、そんな話を聞かせたの、おばあさま。
ウェンデルの司祭さまが、おばあさまのところに急だけど、と突然会いに来た。おばあさまは三か月前の来訪のときより嬉しそうに司祭様を出迎えて、しばらく楽しそうにおしゃべりをしていた。
部屋の中には入っていないけど、いつもより若々しい楽しそうな笑い声が聞こえていた。
おじいさまが旅立たれてからはずっと寂しそうで。最近やっと元気になられたから、おばあさまが楽しそうなのは嬉しかった。
でも、その笑い声を聴くのが今はちょっと、辛い。
司祭様がお帰りになる、と聞いてチャンスだと思った。おばあさまが見送りに出るなら無理だけど、予想通りおばあさまは部屋からは出てこなかったから。
美しい金色の巻き毛を揺らして去っていく背中を見つけて、慌てて走る。
「――シャルロット様!」
その人は、おじいさまとおばあさまと一緒に世界を救う旅をした人とだという。おじいさまのお式のときもいらしていて、式の一部を取り仕切っていた。そのあとは前よりもおばあさまに会いに来るようになった。
だから、きっと。きっと知っている。
――おじいさまの一番大切な人が誰だったのか、を。
ウェンデルの司祭・シャルロット様はおじいさまとおばあさまとほとんど変わらない歳なのに、とてもお若い姿をしている。特別な血なんだそうで、もしかするとお母さまより見た目は若いかもしれない。
初めて話をしたときはとても緊張したけど、気さくに話してくれて、おばあさまとかと話してる時とは全然違っていた。
シャルロット様はくるっと振り返ってこちらに気が付くと、にっこり笑う。
「こんにちは。どうしたの?」
聴きたいことがあったのに、言いたいことがあったのに。ここまで来て喉を封じられたみたいに声が出せなかった。
勇気を出さなくちゃ、そうしないとずっとこの辛い気持ちを抱えたままおばあさまに向かい合わなきゃいけなくなる。
声を絞り出すようにしてシャルロット様を見上げる。
「シャルロット様は、おじいさまが大事にしてた人のことを知ってますか」
おばあさまでなく、おばあさまよりももっと大切な。
そう言って、言ったのは自分なのに涙が出てきた。
どうしても認めたくなくて、悲しくて悔しくて泣きたかった。
シャルロット様はちょっと驚いたような顔をする。
「……誰かが言ってたの?」
「おばあさまが言ってました……」
おじいさまの一番大切なものは祖国・フォルセナとこの国アルテナ。
二番目がそこに暮らす人々。
そして――四番目がおばあさまだと。
三番目に大切なもののところに、おじいさまは行ったのだと、おばあさまはそれはもう惚れ惚れするほどの美しい笑顔で言ったのだ。
わたしがもっと大人だったら、わかったのだろうか。
でも、わからなかったのだ。おじいさまの一番大切な人がおばあさまでない、というその話がそれはもう世界がひっくり返るほどの衝撃で、そのとき自分がどんな返答をしたか思い出せないくらいだった。
「あなたには、おじいさまとおばあさまはどう見えていたの?」
そう尋ねてきたシャルロット様は、マナの女神様像のような表情をしていた。慈悲深い、ってこういう顔なのかも、と思うほどの。
問われて、考えてみる。
とても仲のいい夫婦だった。喧嘩したり、お互いからかいあったりもしてたけど、すぐに仲直りしていたし、いつもよりそうように一緒にいて、とても幸せそうに見えていた。
かつての戦争で壊れかけたものをつなぐために夫婦になったと聞いたけど、共に世界を救った勇者だし、絶対好き合ってたんだと思うほどの仲の良さだった。自分が大人になって、誰かと恋をすることがあったら、絶対こんな風になりたいと思うような理想の二人だった。
シャルロット様は私の涙交じりの順番もばらならな話をうんうんと頷きながら聞いていて、こう言ったのだ。
「そうよ。あなたが見えていた通り、アルテナとフォルセナをつないだ二人はとても仲の良い夫婦だった。周りに羨ましがられて理想とされるくらいに仲の良い夫婦だった。それは間違いのない真実よ」
そして、ちょっと呆れたように遠くを見つめる。
「うーん、まあ今のアンジェラならそう言っちゃうのかなぁ。それはそれで吹っ切りすぎよねぇ……」
その言葉に、やっぱりおばあさまの言っていたことは事実なのだと知る。
わからない。一番に愛しているおじいさまにほかに大事な人がいるってことを、どうしてあんな笑顔で話せるんだろう。
「知りたい? 御伽噺のように誰にも優しくて笑顔で終わる話では、おそらくないの。辛いことも悲しいことも悔しいこともたくさんあった」
心の中を読むように、シャルロット様はこちらを見て問うた。
静かに頷く。それを聞きたくて、声をかけたのだから。
「今日は突然来てしまったから帰らなくちゃいけないけど、今度来たらお話するわ。それまでに、もう一度おばあさまの話を聞いてみて?」
もう一度?
自分が発した言葉さえ忘れるほど衝撃的な話を、もう一度聴き直すことができるだろうか。
困惑が表に出ていたのかもしれない。シャルロット様は近づいてきて、私の手を取った。
「あたしは登場人物を全員知っている。だからアンジェラの味方でないときもある。でも……あなたは最後までアンジェラの……あなたのおばあさまの味方でいられる」
そう言って笑ったシャルロット様は、一瞬だけ寂しそうな顔をした――ような気がする。
約束よ? 次会うときは、御伽噺を聞かせましょう。
それは、それぞれが悩み最善を尽くして、手を取り合い幸せに生きた、長い長い物語。
END
2020.9.26