聖剣3 デュラン×リース

Elaborate wedding


5.結婚式前における誰も知らない騒動の結末について




 陽に照らされて鮮やかに煌めく薄紅色の花弁が、風に揺らめく。葉擦れの音がやわらかに耳に響き、周囲に満たされた花の香りが心を落ち着かせる。
 外で活動するには、絶好の日和だ。
 ウェンデル名物の満開の花の中に、シャルロットたちは立っていた。本来は花見に訪れる人たちが利用することの多い広場。周囲を薄紅色の花々に覆われていて、花畑の中にいるように錯覚するほどだ。


「なるほど、こういうわけか……」
 うめくような小さな呟きに、シャルロットは前を見上げた。かさを増すために台の上に乗ってはいるのだが、それでも目の前にいる二人の目線はシャルロットの頭の上にあるのだ。
 呆れたような疲れたような様子でそこにいるのはデュラン。
先ほどと違うのは、白銀の布をマント状に羽織っていること。大騒ぎと抵抗の中で、あっという間にホークアイがしつらえたものだ。知らなければ、きちんと作られたマントを身につけているように見えるだろう。
 その隣にいるのは薄いレースのヴェールを被せられたリース。蜂蜜色の髪に白いレースはよく映えていた。ジェシカがこの計画のために作り上げたというヴェールはきちんとデザインされたレース編みで、ずいぶんと手がかけられていることが分かる。
 簡易ではあるがきちんと整えられた格好をしたデュランとリースの前にシャルロットは立っていた。その手にマナの女神像をかたどったお守りを握り締めて。
 二人の後ろには、ホークアイとジェシカ、アンジェラとケヴィンが控えている。
 これが、シャルロットとアンジェラの二人がホークアイとジェシカを巻き込んでまで計画したことだった。


「何で、こんなところまで来てこんなことするんだか……」
 心底居辛そうなデュランは小さく呟く。ぼやきにも似たその言葉を聞きつけたアンジェラが呆れたように言い返した。
「今だからこそするんでしょ? 本当の結婚式は『フォルセナの聖騎士』と『ローラントの姫君』として、じゃない。『デュラン』と『リース』としてこれができるのは、今だけなのよ」
 握りこぶしに力を込めて、アンジェラは力説する。
 そうなのだ。二人の結びつきは、他の誰でもなく二人が作り上げたもの。それでも今度の結婚式は、フォルセナとローラントという二つの国の結びつきの意味が大きくなってしまうのだ。二人とも、それ相応の地位にいる人たちであるために。
 本当の彼らを知っているのは、ともに旅をした仲間たちだけ。
 デュランは気にしないのかもしれないけれど。地位も国も、何も背負わない個人としての結びつきを、リースはきっと気にしているはずだから。




 小さな小さな結婚式。
 綺麗に着飾るものもなく、身にまとうのは仲間たちの手作りのもの。
 匂い香る花畑の中で、何より信頼できる仲間たちに見守られて執り行われる手作りの結婚式。
 その司祭役をシャルロットはかってでたのだった。


「汝、デュランよ。貴方は、マナの女神のもとに、リースに対し絶えることない永遠の愛を誓いますか?」
 シャルロットはもう何度も何度も繰り返した台詞を、この日もう一度紡いだ。けれど、『黄金の騎士』の名は要らない。ここにいるのは何の肩書きもないデュランだから。
 しばしの沈黙。
 何度も大騒ぎをして、結局今まで言えずにいる言葉。今度は言えるだろうかとシャルロットは黙ってデュランを見る。
「―――はい、誓います」
 あれだけ言えずにいた言葉なのに。これで本番は大丈夫なのかとシャルロットが不安になったほどなのに。
 よどみもなく、躊躇いもなく、真っ直ぐに前を見てデュランは答えた。シャルロットが一瞬何を言われたのか眼を瞬かせるほど、今までからは考えられない態度だった。
 今の彼の言葉が、国も立場も何も背負わない本当のデュランの心そのままだ。
 デュランの隣で、リースが動く。彼女はわずかに顔をうつむけ口元を手で隠すと、瞳から涙を溢れさせていた。ヴェールが肩をすべり、リースの顔を隠す。
「リース……」
 労わるようなデュランの優しい声になんでもないと首を振るとリースは顔を上げた。まだ瞳は潤み、顔は赤いけれど、それは悲しみの涙ではないから。
 大丈夫、とリースの唇が動いた気がした。


 それを見て、シャルロットはあらためてリースを見る。デュランが誓ったなら、次は彼女の番だ。
「汝、リースよ。貴女は、マナの女神のもとにデュランに対し絶えることない永遠の愛を誓いますか?」
「はい……、誓います」
 はにかむように笑みを浮かべて、リースは静かに答えた。幸せそうな笑顔だった。
 きっと大丈夫。今の二人なら。これから先も心配は要らないはず。
 あたりに拍手が響き渡る。後ろで静かに見守っていた四人が祝福の拍手をしているのだ。誰もが、嬉しそうに二人を見つめていた。ケヴィンなどは、満面の笑みで力いっぱい手を叩いている。自分のことのように嬉しそうだった。


「では、女神への証として誓いの口付けを」
 シャルロットがそう告げた途端、アンジェラはさらに激しく拍手をし、ホークアイは機嫌よく口笛を吹き始める。すっかり面白がっている二人だった。
 言われた当の花婿の方は完全に固まっていたが。
「は……!?」
「あ、あの……」
 花嫁は顔を真っ赤にして立ち尽くしている。
まあ、奥手な二人だからこういう反応が返ってくるとは思っていたが、それなら実際の結婚式のときどうするつもりなのだろう。シャルロットは動作停止した二人を交互に見ながら思った。少なくとも見守っている人々は、今の比ではないはずだが。
「ほらほら、やっぱり結婚式に誓いのキスはつきものでしょ!」
 はやし立てるアンジェラに口笛を吹き続けるホークアイ。ジェシカはそんな二人を見て苦笑しており、ケヴィンはきょとんとした顔をしていた―――もしかしたら、人間の結婚式の様式を知らないのかもしれない。
 彼らをぎろりと睨んで、デュランは助けを求めるようにシャルロットの方を見る。目を閉じてデュランから視線をはずしながら、シャルロットは考え込む素振りをした。
 デュランはどうやら忘れている。シャルロットも彼女たちの共犯者だということを。助けては、あげられない。
「んー、でも、どうせ本番でももっと大勢の前でしなくちゃなんないんでちから、今のうちに誓いをあげててもいいんじゃないでちか?」
 退路を断たれて、デュランはうなだれた。誓いのキスをするまでは、彼らがデュランたちを解放するはずがないとわかっているのだ。
 次に顔を上げたときのデュランは、真剣な目をしていた。


「―――リース」
 隣の花嫁を呼ぶ低い声が、花畑に響く。その声を引き金に、騒いでいたアンジェラたちの声もひいていった。辺りの空気が張り詰めていく。
 呼ばれた声に応えて顔を向けたリースの前に立つと、デュランはそっと彼女のヴェールに右手を添えた。
 二人に最も近い位置にいるシャルロットは息を潜めてことを見守っている。物音ひとつ、呼吸するわずかな音でさえも立てることができなかった。もし何か音が響いてしまったら、彼らは一瞬で我に返り二度と同じことをしようとは思わないだろうから。
 デュランが右手を持ち上げると、二人を遮るレースの帳がなくなって、お互いの顔がよく見えるようになる。
 アンジェラとホークアイとが身を乗り出すようにして見守っているその中で、これ以上にないくらい、二人の顔が接近した。
 気配に応じてリースが瞳を閉じる。緊張した雰囲気の中で、デュランが動いた。
 ほんの一瞬。
 リースに近付いて、デュランはその額にそっと口付ける。本当に軽く触れるだけのキス。
 そのまま唇を下に動かして、デュランが何事かささやくと、リースは目を丸くして隠すように自分の唇に手を当てた。満足そうな笑みを浮かべて、デュランはぱっとリースから身体を離す。
 花畑を吹き抜ける一陣の風に緊張がさらわれてしまうと、辺りにまた音が戻ってきた。
「これで文句ねぇだろ」
 顔を赤くしたまま、デュランは後ろにいた四人、特にアンジェラとホークアイに向けて言った。
 確かに間違ってない。誓いの口付けとは言ったが、どこに口付けろとは指定していないから。思いっきり揚げ足を取った形だけれど。
 もちろん、二人にとって納得できる形ではないから、文句の声が沸き起こるのは当然。


 ふと俯いたデュランは、ぐっと拳を握り締めた。……いい加減、限界が来たのかもしれない。わずかに重心を変えて一呼吸もしないうちに、デュランは地面を蹴って飛び出していた。
 あっという間にホークアイとの間合いを詰め、デュランは勢いよく回し蹴りを放つ。まとったマントが大きく翻り、デュランの視界を遮る。僅差で脚をかわすと、ホークアイはそのまま後ろに宙返りし危なげなく地面に着地した。
 デュランもすぐに姿勢を立て直すと相手を追い、再び蹴りを炸裂させる。
「いやぁ、危ない危ない。嫌だなあ、たかだかキスぐらいで」
「やかましい! てめぇ、最初からそれが狙いだったな!」
 へらへら笑いながら踊るように逃げるホークアイに、激昂したデュランはさらに攻撃を加えていた。あっという間に二人の姿は花畑の向こう側に移動してしまう。たぶんデュランが完全に疲れきってしまうまで、この追いかけっこは続くだろう。きっとしばらく戻ってこない。


 ある意味じゃれあいにも見える二人の攻防を見送ると、アンジェラはリースのところへ近付いてきた。興味深げに尋ねている。
「ねえ、さっきデュラン何を言ったの?」
 ささやき声で紡がれた言葉。四人には聞こえなかっただろう。
 思い出したのかわずかに顔を赤くしたリースはだがにっこり微笑んではっきりと答えた。
「それは内緒です。教えられません」
「ええっ!? 教えてくれたっていいじゃない!」
「絶対駄目です」


 ある意味、新婚夫婦の惚気を最も近くで聞く羽目になったわけだが。
 とりあえず、聞いているこちらが恥かしくなる言葉なのは間違いない。たぶん、デュランがその言葉を使うことがこの先二度とないと断言できるほど、気障な言葉だ。
 シャルロットは誰にも気付かれないようにそっとため息をついた。神殿のどこかで仕事をしているだろう彼女の大好きな神官のことを思う。何故だか無性にヒースに会いたくて仕方なかった。
(ヒース、今何してるかなぁ……)
 この騒ぎが一段落したら、何をおいてもまず彼に会いに行こう。
 リースとアンジェラの押し問答を遠くに聞きながら、シャルロットは晴れ渡る青空を仰いだ。
 


唇は、本番にとっておく―――




END
2004.5.14

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