聖剣3 カップリングなし

The Splendid Dish




 あげるものは、チョコレートでなくても、いい。
 何でもかんでも背負いすぎているあの人に、ほんのささやかな休息を。
 仲間二人から、Valentine present for you!



「今日の夕食は、私とシャルロットで作りますから」
 リースが提案した瞬間のデュランの表情は、間違いなく蒼ざめて引きつっていた。いくらなんでも失礼な反応だと思ったりもするが、反論できる事柄でもないので黙っておく。
 シャルロットの強引な提案でその日泊まることになった旅人用の休憩小屋。
 幸いというべきか、こんな危険な時期に当然というべきか、三人以外に小屋の利用者はいない。
 荷物を置いて、さて夕食の支度となったところで、リースがそう切り出したのだ。

 デュランの反応もわからなくはない。リースはローラントの王女で、シャルロットは光の司祭の孫で、ともに集団の中で高位に位置しており、料理にはあまり縁がない。お菓子作りといった趣味の延長ともいえることは一通りしていた二人であるが、料理の経験はないといってもいいのだ。
「だから、デュランは休んでいていいですよ」
「……いや、ちょっと待て。大丈夫なのか?」
 問いかけてくるデュランの顔に、『何を作る気だ』と書いてあるような気がする。
 旅を始めたばかりの頃、大惨事を引き起こしかけてから、女性陣に料理を任せなくなったのだから、デュランの反応も当然かもしれない。
 だがもちろん、リースは引き下がるわけにはいかなかった。
「デュランだって、知っているでしょう? あなたを手伝って、私もシャルロットも少しは料理を覚えたんですから、あの時みたいにはなりませんよ」
 先ほどより、多少顔色はよくなった気がするが、デュランからの返事は返ってこない。
 大惨事以降、シャルロットもリースも、彼に教わるような形で日々の料理を手伝っていたことをデュラン自身も知っているから、返す言葉が思いつかないのだろう。
 二度と失敗を起こさないとリースが言い切るだけの自信がつくほど、二人の料理の腕は確かによくなっていたから。
 リースの隣では、シャルロットが調理道具一式を抱え込んでおり、デュランには指一本触れさせない様子なので、あまり強く出られないせいもあったかもしれないが。
「それは、まあ、そうなんだが……」
 困った様子で言いよどむデュランにたたみかける様に、リースは言葉を続けた。
「別に、そんなに難しい料理を作るわけじゃありませんし、いつもデュランが作ってばかりなんですから、たまにはいいでしょう?」
「そうでち、デュランしゃんは剣の手入れでもして待ってるでちよ!」
 リースを応援するように、シャルロットも右手に握ったおたまを振り回す。二人の剣幕に、ついに諦めたのかデュランは降参とばかりに両手を挙げた。
「わかったよ。じゃあ、今夜は二人に作ってもらう。……それでいいだろう?」
 デュランの言葉に、シャルロットは尊大に頷き返す。
「どーんと大船に乗ったつもりで待ってるでち」
「泥舟じゃないことを祈るよ。それから、シャルロット、包丁で指は切るなよ」
「むきーっ! シャルはそんなへまはしないでちよ!」
「デュラン、出来上がるまでこちらをのぞいたら駄目ですからね」
 反論されたシャルロットは顔を真っ赤にしながらあっちに行けとばかりにデュランの背中を押した。リースが一応念をおすと、デュランは彼女に背を向けたまま右手を挙げる。
 シャルロットの言葉通り、剣の手入れでもして待っているつもりだろうか。
 戻ってきたシャルロットに目配せすると、リースは早速夕食の支度に取り掛かった。

 デュランに言った通り、リースは難しいものを作るつもりはなかった。料理の知識と技能がデュランに数段劣ることは分かりきっていたので、下手に新しいものに挑戦はしない。
「じゃあ、シチューを作りましょうか」
「はいでち。まずは野菜を切るんでちね」
 シチューだったら、今までの旅の間に何度も作ったものだった。レシピも完璧に覚えているから、時間さえかければそれ相応のものは作れる自信がある。
 玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモに鶏肉。
 綺麗に洗って皮をむいて。ゆっくり一つ一つ切っていく。デュランが隣で見ていればはらはらしたに違いない手つきだけれど、しばらく後には何とか下ごしらえが終わって二人はほっと息を吐いた。
 といっても本番はこれから。用意した鍋に肉と野菜を入れて、十分炒めたら水を加えて煮込む。
 灰汁を取ろうと悪戦苦闘していたとき、シャルロットがふと思い出したように呟いた。
「そういえば、デュランしゃんどうしてるんでちかね」
「そうですね。なんだか静かですけど……」
 どうしたんだろうと、鍋の火を弱めて二人は隣の部屋を覗き込む。

 そこにいたのは、壁に寄りかかって座り込んでいるデュラン。抱えていたらしい剣は手から転げ落ち、もう片方に持っていたらしき布も床に落ちている。俯いているから表情は見えないけれど、頭がゆらゆらと上下に動いているから、おそらく眠っているらしい。
「……寝てるでち」
「よっぽど疲れていたんですね」
 ああして何かの途中で居眠りをするデュランは、今まで一度も見たことがない。少しは気を抜いてくれたのかもしれない。
 顔を見合わせるとリースとシャルロットは嬉しそうに笑った。
「出来上がる頃にはデュランも目を覚ましますよね」
 ホワイトソースを加えて、さらに煮込んで塩コショウで味を整えれば完成。お皿によそってパンを添えれば立派な夕食。

 さらに数十分後。
 美味しそうないい匂いが漂ってくる鍋の中には、たっぷりのクリームシチュー。
 鍋からすくい上げたスプーンを、シャルロットは恐る恐る口へ運ぶ。隣で同じように緊張したリースが見守る中、シャルロットはシチューを一口飲み込んだ。
「どうですか?」
「……うん。おいしい! デュランしゃんの作るのとちょっと味は違いまちけど、おいしいでち!」
 シャルロットが満面の笑みでそう答えるのを聞いて、リースはほっと胸を撫で下ろす。どうやらデュランにも食べてもらえそうだ。
 鍋を隣のデュランがいる部屋へ運ぶ。皿やら何やら必要なものを全部運び終えると、リースとシャルロットは顔を見合わせた。
「じゃあ、デュランを起こしましょうか?」




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